さて、こうして本格的なジャズの洗礼を受けた筆者だったが、自身で最初に購入したジャズレコードについては記憶が定かではない。たぶんだが、ビル・エヴァンス・トリオ(Bill Evans Trio)の『ライブ・イン・トーキュー(Live In Tokyo)』だったと思う。その後、マッコイ・タイナー(McCoy Tyner)の対照的な2枚のLP(『リーチング・フォース(REACHING FOURTH)』と『フライ・ウィズ・ザ・ウインド(Fly With The Wind)』)を立て続けに買ったのも覚えている。
特に『フライ・ウィズ・ザ・ウインド』なんかは、その年(1976年)の新譜だったというだけの理由で購入したのだろうが、当時の正統派ジャズ評論では完璧に無視されていたアルバムだ。しかし、筆者にとっては今もってお気に入りのLPである。きっと映画音楽とかであれば話題になりヒットしたんだろうなぁと思うし、スケール感もありストリングスの編曲も颯爽としていてヒューバート・ローズのフルートもカッコイイんだが…。
一方、ビル・エヴァンスのLPに関してだが、彼の繊細なタッチと知的な音遣いによる高い叙情性はこの後期トリオ(セカンド・トリオ)でも充分に感じられるのだが、筆者はスコット・ラファロ(Scott LaFaro)がベーシストを務めていたファースト・トリオの諸作で受けたエヴァンス・トリオの印象が強く、(もちろんエディ・ゴメス(Eddie Gomez)とのインタープレイも悪くはないのだが)以前に比べて好不調の波が大きくなった(ように思えた)この頃のエヴァンスのプレイには、かつてのしなやかなスウィング感や知的なリリシズムが(相対的に)失われている様に思われて仕方がなかった…。
また当時、何故このレコードを優先して購入したのかの理由は覚えていない。だが実際に聴いてみた感想は、既に例の“リバーサイド4部作”等を聴いていた筆者の耳には、エヴァンスの妙な焦燥感とも云える苛立ちの様な雰囲気が何となく感じられて、それが彼の衰えとも受け止められたことが、至極、残念な感じをもたらしたのも事実であった。
有名ジャズメンが来日しての実況録音盤としては、このレコードは良好な評価を与えられてしかるべき水準のアルバムなのだが、この時の感想は(評論家を含む)他人の意見や少し後に̪̪知った当時の彼(エヴァンス)を取り巻く諸々の件(麻薬中毒や家庭問題など)に関する情報が必要以上に影響して、そんな風(上記の様)に感じたと錯覚していたのだろうとも思う。それは、まだこの頃の筆者には、微細な演奏の機微を察する様な音楽的感性が育っていたとは、到底、考えられないからだ…。
尚、これは大いに余談だが、筆者は今でも余程の巧者・達者でない限りはどうしてもジャズベーシストがアルコ(弓弾き)奏法を行うのが好きではない…。
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