早春や晩秋、そして初冬に活躍する代表的なコートである『トレンチコート』について解説する記事で、同コートの二大有名ブランドについても触れる。
トレンチ(塹壕)コートといえば、第一次世界大戦の舞台となった欧州の塹壕戦が起源だ。
現代では、ファッショナブルでお洒落の代名詞ともいえる防寒・防水アイテムが、悲惨な戦争を背景に生まれたのは意外だが、機能美を追及すると軍用品に行きつくということの一例である。
トレンチコートの由来
トレンチコート(Trench coat)とは、春・秋冬用のコート、およびレインコートの一種で男女用ともにある。また現在ではビジネス用のコートとして着られることも多いが、第一次世界大戦中、英軍が採用したのがその始まりである。本来、軍用品としての耐久性や機能が求められた結果、独自の仕様とデザインとなった。
第一次世界大戦下(1914年~1918年)の英軍で、寒冷な北西欧州大陸での戦いに対応する防水型の軍用コートが求められたことから開発されたものだが、「トレンチ(塹壕)」の名称は、このコートが当時の欧州戦線での、泥濘と化した塹壕戦において防水・耐候性を大いに発揮したことによるとされる。
その原型(バーバリーの「タイロッケンコート」等)は既に1900年前後には考案されていたが、第一次世界大戦での大量採用が契機となり、戦後、一般への普及に繋がったとされている。
トレンチコートの仕様
トレンチコートの代表的な生地にはギャバジン(後述)もしくはウールを用いるのが普通であるが、近年では合成繊維や皮革も用いられて素材も多様化しているようだ。
ダブルブレストは、風向き次第で左右のどちらを前にしても着られるようになっている軍用服の定番仕様である。
両肩にはボタン留めのエポレット(肩章)が付き、双眼鏡やランヤードと呼ばれる銃器などを吊るためのベルトを掛けたりすることが可能となっている。また、戦闘中に戦傷者が倒れた時には、このストラップに手をかけて引っ張ったとも云われている。更に、腰回りに備え付けられているD鐶(D字型の金属製リング)は、本来は軍刀や水筒、手榴弾などを吊り下げる用途であった。
襟元には風雨の侵入を防ぐチン・ストラップと呼ばれる帯があり、また手首・袖口のカフ・ストラップは、これを適宜締めることで寒風を防ぐことが可能な仕様となっている。
右肩前のストーム・フラップという布地は、襟を全てボタン留めした際に風雨を防ぐための物であるが、ガン・パッチとしての役目もあり、小銃などのストックを当てるための布でもあったとされる。
他にはラグラン・スリーブ(後述)や、雨や太陽光が最も当たる背の上部を守るためのケープド・バックと呼ばれる、布を縫い合わせたケープ状のヨークが特徴的だ。
伝統的なトレンチコートの場合、両腰のポケットはインナーに着た衣服のポケットに手を届かせるため、袋でなく単なるスリット(筋状切り口)になっていたものが多い。
ウエスト・ベルトはトレンチコート最大の特徴で、これを締めることで防寒性を高め腹部を暖かく保つ事が可能となった。そしてこのベルトにより、トレンチコート独特の印象的なシルエットが出来上がったのだ。
代表的なトレンチコート
トレンチコート(Trench coat)は、 英国のバーバリーとアクアスキュータムの2社の製品が元祖と言われ、現在でも有名である。
■バーバリー(Burberry)
現在では英国を代表するファッションブランドの一つであるが、特にギャバジン素材の発明で有名。1879年に創業者のトーマス・バーバリーによって考案された防水効果を持つこの布地は、撥水性が高く、通気性もある。このギャバジンを使用した防寒着は、世界初の南極探検隊や各国の先駆的な航空機パイロットたちにも愛用されたと云う。
1895年のボーア戦争で、トレンチコートの前身となる英軍将校用の「タイロッケンコート(ひもでロックするという意味のボタンのないコート)」を製造したが、これがトレンチコートの前身となった。
タイロッケンコートは第一次世界大戦中、英国軍将校の間で人気を博し、シングルストラップ、バックル開閉、襟元のひとつボタンが特徴であった。
その後、英国軍部の要請により塹壕(トレンチ)戦に合わせて前述のタイロッケンコートに改造を加え、手榴弾や軍刀・水筒・双眼鏡等をぶら下げるためのD鐶(D字型の金属製リング)を止め金として採用したトレンチコートが、大戦中には50万着以上も製造されて英国陸海軍に制式納入された。
また、1924年にバーバリーのトレンチコートの裏地に初めて使用されたのが、「バーバリークラシック・チェック」として知られている、チェック模様である。
当時の英国では「ウインドーペーン」(窓ガラスの意味)といわれるタータンが多く使用されており、バーバリー・チェックは「カントリー・タータン」と呼ばれる柄からアレンジしたもので、公募で決定したとされる。
現在は「バーバリーチェック」として登録商標されているが、1967年からは裏地以外の、傘やスカーフ、バッグなどを含む各種ファッション・アイテムとして広く展開されている。
■アクアスキュータム(Aquascutum)
英国を代表するファッションブランドであり、「水」を表すaqua と「盾」を表すscutum を組み合わせた造語が社名の由来である。
創業者のジョン・エマリーは、1853年にウール地に防水処理を施し、高い撥水性としなやかさを併せ持つ布地を完成させた。
その後、1854年のクリミア戦争で、アクアスキュータムのコートが、その高い防水性故に多くの英軍将校たちに支持された。
また、このクリミア戦争でラグラン・スリーブ(袖付けの縫い目がそでぐりから衿まで達している袖のこと、)が発明されたと云う。このラグラン袖は軽騎兵隊に突撃の合図をする際に腕を振り動かしやすいようにと、英軍の総司令官ラグラン将軍がエマリーに要請し、それを受けて考案されたそうである。
因みに、ジャケット等のように身頃と袖が明確に分かれいて、肩先でアームホールに沿って縫い合わせられている袖はセットイン・スリーブと言う。
アクアスキュータムも、バーバリー同様にトレンチコートを多数製造し、第一次世界大戦中の塹壕戦で、ひときわ高い防水性と優れた機能を発揮して名を馳せたと云う。
またアクアスキュータムは、自社のコートが水を通したと言う将校には、直ちに無料で代わりのコートを提供すると宣言したことでも有名だ。
第一次世界大戦後に復員将校たちが持ち帰ったこのコートが、ハイ・ソサエティのファッションにも受け入れられ、また一般市民にも大いに普及したとされる。
1930年代以降、機能美に優れ、なお且つ実用性が高いコートとしてファッション業界には欠かせない存在となったトレンチコートだが、ハリウッドの映画俳優、ハンフリー・ボガートやアラン・ラッドなどが銀幕の中で着用したことで更に人気が高まり、このコートに「ハードボイルド」でスタイリッシュなイメージが備わったとされる。
現在では伝統的な英国スタイルに欠かせないアイテムとしてだけでなく、新たな創作のベースとして世界中のデザイナーから支持されており、いまだに次々とクリエイティブなトレンチコートが創り出されている・・・。
-終-
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