ある日、小さな島にすむ高校生の陸斗は謎の少女、冬菜に出会う。その少女は記憶を失くしていた。陸斗の祖母の記憶では、二人はかつて出会っていたという。祖母の語る二人の出会いとは?島に伝わる不思議な伝説とは?
少年はただ外を眺めていた
いつものように、ぼんやりと窓の外を眺めていた。
そこにあるのは、いつもと変わらない青空、白い雲。
空にある太陽は、雲に隠されることなく、元気そうに輝いている。
「起立、礼」
先生の号令で授業が終わった。
先生が立ち去った瞬間に、静かだった教室はどよめき始める。
教室内はいつもと変わらず、昨日のテレビの話だとか、流行のスマートフォンのアプリの話だとか、そんな話が聞こえてくる。
それが少年の日常。
少年、 北春陸斗 の日常だ。
「陸斗…陸斗!!」
「ん?」
陸斗は呼ばれた声の方を向く。
すると、そこには焦げ茶色の髪にピアスの見るからにムードメーカー風の元気な少年。
「あぁ…・・・拓真か」
「あぁ、って…相変わらず、つれねーな!!しかも、拓真かって中学からの親友にそりゃないわー。俺落ち込むわー。」
空いていた前の席に、どかりと座り、口をとがらせ拗ね始める。
目の前にいる少年は黒馬拓真
中学時代からの親友だ。
「わりぃわりぃ。ちょっとぼーっとしてた。」
そう謝ると拓真は何かに気付いたような反応をし、その後ニヤリと笑う
「ぼーっとって…あ、わかったエロいこと考えてたんだろ」
「はぁ!?ちげーよ!」
「やーい、陸斗のむっつりー!」
幼さが抜けない、ニヤニヤと笑う拓真に腹が立つ
しかし陸斗は、めんどくさがりなため、反撃するのもめんどくさがって
「勝手に言ってろ」
と言い返した。
拓真は気にせず上機嫌にスマートフォンを操作し始め、
そうだ!と言って、陸斗に輝いた表情で話しかける。
まるで子供がおもしろいものを見つけたかのような表情だ。
「つーかさ、また出たらしいぜ!」
「何が?」
拓真がスマートフォンの画面を見せる
「人魚だよ!!に・ん・ぎょ!」
あぁ、と陸斗は納得する。
陸斗の住むこの島、青光島は
日本の中でもすごく、すごく小さな島だが、自然が豊かで、貴重な動物が多い、世界一海がきれいな島だ。
しかし、人魚が出るという伝説や、不思議な言い伝えがある。
陸斗自身、伝説だの言い伝えだのといったものを信じてはいない。
「どうせ、またデマだろ。」
「デマじゃねーよ!最近目撃情報が多くて…」
「SNSはデマが多いぞ。」
うぐっ、とおもわず拓真が黙ったところに先生が入ってきて、また授業が始まった。
先生は教科書を開け、ここを読めとまたつまらない授業を始めた。
陸斗は視線を窓の外に移す。
開け放たれた窓から入る風は潮の香りがする。
空は相変わらず青い。
こうして流れる平凡な日々を過ごして16年。
毎日流れる時間を同じように繰り返す。
ある透き通った夏の7月14日だった。
今日は土曜日のため、学校は休みだ。
陸斗は空のように青い海岸を歩いていた。
「ちっ…なんで、俺におつかいなんか頼むんだよ…そんなの妹の夏希にだってできるだろ…」
とぼやきながら歩く。
そして砂浜を歩き、この島の中でも特別な砂浜、光海岸にたどり着く。
「面倒だし…サボるか」
陸斗は木陰に寝転ぶ。
ここは青光島の中でも陸斗が一番お気に入りの場所だ。
海に太陽の光や、夜には月の光が反射し、まるで海そのものが光のように見える様が、陸斗は好きだった。
そういえば、と海を眺める。
昔、ここで女の子と出会った。
その子の顔は覚えていないけれど、声はとても透き通っていた。
「よくここで遊んだっけ」
懐かしく思い、目を細める。
陸斗がこの海岸に来るたびに、彼女と共に遊んだ。
そんな毎日が楽しかった。
今はどうしているのだろうかと、考え込もうとしたその時、
視界の隅で、誰かが倒れている。
陸斗はあわただしく視線を向けた。
するとそこには茶色い髪を一つに束ねた少女が倒れている。
陸斗はあわてて駆け寄り、抱き起す。
その少女はまるでおとぎ話に出てきそうなほど、美しかった。
「おい、大丈夫か。おい」
陸斗は少女の体を揺らす。
すると瞼がピクリと動き、ゆっくりと目を開けた。
瞳は海よりも透き通っていた。
「…あなたは…?」
少女の声は大人びた見た目と同じくらいのトーンだが、瞳と同じくらい海よりも透き通っている。
その瞳と声に吸い込まれそうになりながらも陸斗は答える。
「俺は北春陸斗、君は?」
「私は…、」と口に出した後の言葉が続かなかった。
陸斗は疑問に思い、もう一度聞く。
しかし帰ってきた答えは、予想しないものだった。
「私は…誰なのでしょう?」
その返答に陸斗は言葉を詰まらせた。
驚きのあまり、どう返せばいいのかわからない。
少女は疑問の目を陸斗に向ける。
陸斗は頭を掻いた。
「とりあえず、病院に行こう。海で倒れてたってことはなんかあったんだろうから!とりあえず看てもらおう!」
母にSNSでメッセージを送り、陸斗と少女は病院へ向かった。
病院といっても、東京のようにこの島には大きな病院はない。
小さい診療所だ。
「いわゆる、記憶喪失だな。」
医者は淡々と告げ、椅子に深く座った。
胸のネームプレートには『川島』と書かれている。
陸斗は思わず黙り込む。
「まぁ、徐々に記憶を取り戻していくだろうから、心配するな」
陸斗は胸をなで下ろした。
少女によかったな、と言うとにこりと笑う
「…にしても、この島じゃみない顔だな」
川島は少女の顔をじろじろ見て言う。
青光島は小さい。島の人たちはお互い顔見知りで、家族のような感覚だ。
故に、この島で会ったことのない人間は観光客か、引っ越してきた人かだ。
「まぁ光海岸に倒れてたからな…」
そのことを告げると、川島は目を見開く。
「ほぅ、そりゃ、この島の言い伝えみたいだな」
「言い伝えとは?」
少女は川島に問う。
川島が答えようとしたとき、しわがれた声が聞こえてくる。
「透き通った晴れた空、光海岸で少女、記憶をなくし、満月が湖に移りし時、全てがわかるだろう…」
その声の方を向くと、そこには腰の曲がった、笑窪のある笑みを浮かべた優しそうな老婆が
「ば、ばぁちゃん!?なんでここに…?」
「なーに驚いとるか!今日は先生に腰を看てもらう日じゃからの!」
その老婆は陸斗の祖母、光代だ。
白髪の髪を頭の上でお団子にしていて、歳の割に元気なのが特徴的だ。
光代は少女の方を向き、目を見開く。
少女の顔に自分の顔を近づけて、じーっと見る。
少女は困惑の表情を浮かべる。
「おや、お前さん。冬菜ちゃんじゃないかい?」
陸斗は少女の顔を見た後に、光代の顔を見る。
川島は冷静に聞く
「光代さん、この子をご存じで?」
「知ってるも何も…この子は秋田冬菜。陸ちゃんが小さいころ、一緒に遊んでいたじゃないかい」
陸斗は冬菜と呼ばれた少女の顔を見る。
鮮明に、とは言えないがぼんやりと昔の記憶が呼び起された。
昔、光海岸で女の子と出会った。
陸斗はよくその子と遊んでいた。
その子の声は、海よりも透き通っていた。
毎日がとても、楽しかった。
「まさか…君…あの時の…?」
陸斗は冬菜と目を合わせる。
しかし、冬菜は眉を寄せ、困惑の表情をしていた。
「おや、覚えていないのかい?」
川島は、光代に冬菜が記憶喪失であることを告げた。
光代はそうかい、と残念そうに呟いた。
「まぁ、さっきも言ったが徐々に思い出していくだろう。とりあえず親御さんに…」
と川島が言いかけたところで止まる
陸斗と冬菜は疑問の視線を投げかける。
「どうしたんだよ?」
「いや…」
川島は決まりが悪そうに視線を外す
光代もうんうんと首をひねりながら
「ふむ。まず秋田と言う苗字の人なんか居たかのー」
そう呟いた。陸斗は目を見開く
川島の方を向いても川島もお手上げだと言わんばかりに頭を掻きながら、診療室の窓の外に視線を向けた。
「え?マジか?」
「マジだ。この島にそんな苗字の人がいない。」
「じゃ、じゃぁどうするんだよ!」
陸斗はガタリと椅子を倒す勢いで立ち上がる。
川島は光代の顔を見る。
光代は冬菜をどうするかもう決めているようだ。
「うちに泊めりゃぁ、えぇ。」
その言葉に陸斗は光代に驚きの表情を向ける。
冬菜も驚いた顔をしている。
「ば、ばぁちゃん!?」
「いいじゃないかい。どうせ次郎の部屋が空いてるんだから」
「確かに親父の部屋が空いてるけど…!」
陸斗の父、次郎は東京に単身赴任しているため、家を空けている。
「いいんですか?」
「えぇよ。昔もそうじゃったからな。」
その言葉に陸斗は止まる。
「昔も…?」
「おぉ、そうじゃよ?陸ちゃん、覚えていないのかい?」
陸斗は下を向いた。
何故、自分は覚えていないのだろう。光代が覚えているのに。
小さいころだったからであろうか?
それとも何かあったのだろうか?
冬菜は窓の外を見た。
入道雲が立ち込めていた。
―つづく―
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