傷病者の緊急度に応じて治療や搬送の優先順位を決めるトリアージ(triage)について、皆さんはご存知でしょうか?
自分自身が医療関係者でなくとも、災害などに遭遇した時にトリアージの意味を知って協力できれば、少しでも多くの傷病者を救えるかも知れません!!
トリアージとは
トリアージ(triage)とは、災害や大事故発生などの非常事態で傷病者が同時に数多く発生した場合に、医療資源(医師・医療スタッフや医療設備、医薬品等)が制限される状況で、一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を実施するため、対象傷病者の重症度や緊急度に応じて搬送や治療の優先順位を決めて区分することであり、日本国内での統一・標準化が図られています。
救急・救命活動の3T原則と言われる、選別(Triage:トリアージ)、治療(Treatment:トリートメント)、搬送(Transport:トランスポート)のひとつです。もともとtriageはフランス語で「選別」を意味する「trier」が語源で、良い物だけを選ぶ、選別するという意味です。
傷病者に対するトリアージの概念は、当初、フランス革命において傷病者の地位・身分の分け隔てなく、重傷者を優先して治療するという民主主義的な発想から始まりました。やがて、ナポレオン戦争時代には、兵力の早期補充のために傷病兵の中から比較的軽傷な者を手当てしては再び戦線に復帰させ、重症者の施療・治療は後回しにするという方式が導入されましたが、以降、各国の野戦病院や軍の医療機関では軍事的に必要性の高い傷病者に医療資源を集中して対応し、組織や戦力の維持を図るための全体主義的な差別型トリアージが継承されました。
しかし、救える者は皆救おうとする「医の倫理」においては、見方によってはトリアージは非道とされかねません。民主主義的な思想の強い米軍などでは、第二次世界大戦後までトリアージに否定的だった、ともいわれています。
戦前の日本軍でも、当初(明治の頃)は差別的な治療に当たるとして導入しないことにしていました。しかし、西洋から取り入れた野戦病院のシステム自体がトリアージの実施を前提に構築されていたため、その後、日本軍では「分類はするが優先順位はつけない」という独自のトリアージを確立しました。しかし、やはり優先順位がないと野戦病院は機能しないため、やがて軍の医療関係者にだけ順位が分かるような隠語で優先順位をつける方式へと変化していきますが、この様な日本軍独自のトリアージも、第二次世界大戦の終戦とともに失われました。
また、歴史的にトリアージとは傷病者の数が医療資源の対応力をはるかに超えてしまうような野戦病院などにおいて導入された概念であるため、本来は医療資源が豊富であればその必要は無いもの。そこで、比較的医療資源が豊富だった米軍ではトリアージの導入は遅く、初めて組織的に導入が行われたのは朝鮮戦争の時でした。
現代の救命・救急医療におけるトリアージは、これらの戦時の野戦病院での取り組みが非常時の民間医療に採用されたもので、世界的にも今日のようなトリアージの考え方は、比較的最近になりようやく確立されました。
我が国では1996年に阪神・淡路大震災の教訓をきっかけに、総務省・消防庁によってトリアージ・タグの書式が、世界で初めて国単位の規格として統一されました。
ちなみに、一般病院の救急外来での優先度決定も広義のトリアージとされ、「識別救急」とも称されています。
この他、直接医療とは関係ありませんが、例えば大規模な地震災害などで大量の避難者が出て、避難所が大幅に不足する場合などに避難所の利用者に優先順位を付けて受け入れる「避難所トリアージ」といった考え方もあります。
トリアージの必要性
非常事態に直面し医療機関は、限られた医療資源を最大限に活用しながら治療を行うため、施療・治療前にはトリアージを行ないます。
災害や大事件の発生で混乱している最中、トリアージを行わずに通常と同様な受付順で治療を実施する場合、重症者が長時間放置されることも有り得るし、また逆に最重症者から治療を始めた場合に、その治療だけで貴重な医療資源が枯渇してしうことも考えられます。そのため、別の確実に救命が可能だった他の重症者が救えなかった、ということもあるかも知れません。
こうした問題に陥らないために、トリアージが必要となるのです。
トリアージでは、遺体や施療・治療を施しても助かる見込みのない重症者に対しての救助活動は後回しになりますが、一見これは非情なようでも、他のひとりでも多くの人命を救うために、やむを得ない対応と考えられています。
トリアージの区分
傷病の重症度・緊急度に応じ、次の4段階に区分します。
優先度 | 識別色 | 分類 | 症状などの状態 |
第一順位 | 赤 色 | 緊急治療群、救護処置、搬送最優先順位群 (重 症 群) |
生命の危機的状態で、直ちに治療しないと死に至る状態。また体幹に重大な危険が迫っていて、速やかに(5~60分以内)に救急医療機関で治療を開始すれば救命可能な人の場合。 |
第二順位 | 黄 色 | 待機治療群、優先順位2番目群 (中等症群) |
2~3時間なら治療を遅らせても状態が悪化しない状態であり、静脈路を確保し厳重な監視下におく。また今すぐに治療しなくても生命に影響はないが、放置しておくと生命の危険がある人の場合。 |
第三順位 | 緑 色 | 治療保留群、軽処置群 (軽 症 群) |
最後に治療を行っても生命予後・機能予後に影響を及ぼさない状態であり、治療は他所に回すことが可能。またトリアージ・タグは未使用(手に取り付けるだけ)、救護所または近所の医院での救護処置で間に合う人の場合。 |
第四順位 | 黒 色 | 搬送適応外群、不搬送、不処置群 (死 亡 群) |
治療を行っても生存の可能性のない状態。また体幹や頭部に重大な損傷があり、既に生命反応がなくなりかかっている人、または既に死亡している人の場合。 |
トリアージの実施方法・留意点
トリアージの具体的な手順は、下記の通りです。
①トリアージの実施(責任)者は、傷病者の状態を観察しトリアージ決定要因に留意して、トリアージ区分の基準を参考にしながら優先順位を決定し、その結果に基づきトリアージ・タグを記入し、適切な切り取り線で切り離し、当該傷病者に装着する。
②トリアージ・タグは、原則として右手首関節部に付けるが、その部位が負傷している場合は左手首関節部、右足関節部、左足関節部あるいは首の順で、つける部位を変更する。尚、衣服や靴等には付けないこと。
③トリアージ実施(責任)者は、トリアージ・タグの記入にあたって、トリアージ区分等の主要記載事項以外の部分については、事前にできるだけ、自ら記入可能もしくは聞き取り可能な患者について、タグの配布により又は患者への聞き取りにより記入しておくこと。
④トリアージに要する時間は、傷病者数と症状の程度等により異なるが、凡そ1人当たり数十秒から数分程度とし、必要以上に時間をかけない。
⑤トリアージは1回のみではなく、災害・事件現場、救護所、病院到着後など必要に応じ、何度も繰り返し実施すること。
⑥各医療従事者やそのスタッフは、トリアージの結果に基づき、各状況においてそれぞれ適切に対応すること。
⑦トリアージ実施(責任)者は、ヘルメット、ベスト、腕章等による表示などで、己の存在を明確にして周囲からわかりやすい服装等の着用を心掛けること。
⑧トリアージを実施する前には、対象の傷病者をむやみに動かしてはならない。
⑨トリアージ実施のエリア内には、傷病者や関係者以外の者(家族や報道関係者など)を入れてはならない。
⑩トリアージの区分・判定には、他の医療従事者は私見をはさまないこと。
⑪トリアージの区分・判定について、傷病者やその家族等が納得しない場合などには、災害の状況、医療体制、傷病者の症状などを説明し、可能な限り理解を得るよう努めること。
⑫家族等からの問い合わせに対応するため、搬送、収容された傷病者の氏名などの情報を提供しなければならない。
またトリアージの区分・判定作業は、効率を高めるため、通常、直接施療・治療に関与しない専任の医療従事者が行うこととされており、上記⑤のように可能な限り重複して実施することが良いとされています。それは、対象傷病者を取り巻く環境が変われば、患者の症状も変化するし、医療資源や搬送条件も変化するため、トリアージ区分も変わり得るということです。
トリアージ・タグ(triage tag)とは
トリアージ・タグとは、トリアージの区分・判定の内容を示す識別票のことです。救助された傷病者は、トリアージ実施(責任)者により区分されます。そして、その区分に基づき搬送途中の処置や医療機関で必要な治療を受けることになります。
タグ用紙は3枚つづりで、1枚目は災害現場用、2枚目は搬送機関用、3枚目は収容医療機関用となっています。
タグに記載された内容は、適切な治療を受けるための重要な情報であり、収容医療機関においては簡易カルテとして利用することも可能です。また、受入患者の総数や傷病程度別患者数などをより的確に把握するこもできますし、傷病者の収容先等の安否情報としても利用可能です。
タグには、区分・判定の他に、対象傷病者の氏名や年齢、傷病の状態、応急処置の内容などを記入する欄があり、災害等の現場での応急措置、搬送および病院での治療と、このタグは一貫して利用可能となっています。
材質は、水などに濡れても文字の記入が可能で丈夫なものとなっています。どこでも、片手で持って記入ができる程度の寸法(縦23.2cm×横11.0cm)であり、また、ミシン目が入ったモギリ式となっていて切り離し可能で、かつ容易には剥がれない作りとなっています。
地震や津波などの大災害や大規模な交通事故などが、いつあなたの身の回りで起こらないとも限りません。
そんな際に、この知識を役立てて頂きたいと思います。もちろん、そんなことが起きないに越したことはありませんが・・・。
-終-
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