今日の思い出の1枚 二つの顔のC62ニセコ 〈17/38TFU03〉

1988年の夏。函館本線の小沢駅を降り、長万部方面の山の中に向かって私と友人は小走りに歩いていました。

今日は復活したC62の3号機に会える。そのために、仕事が終わった足で昨夜の飛行機で北海道入りし、小樽で1泊。少し寝過してしまい、あわててここまで来たのでした。
8月の北海道は、本州に比べれば涼しいものの、焦りもあってか、次第に汗ばんできました。
クマザサの生い茂る森をかき分け、やがて木立の間から線路が見えてきました。撮影ポイントは、近くにあるはずです。

その途端、「ピピーッ」と大きな笛の音が山の上から鳴り渡りました。
見上げると山肌を埋め尽くす、カメラを持ったマニアの群れ。4、50名はいたでしょう。
「おーい、早く上がってこーい!」
何名かの男が手招きしています。私達は、木の幹につかまり、急斜面を這うように上りました。
「ここが、空いてるぞ。」近くのメガネのおじさんが手招きしてくれました。私達は礼を言うと、急いでバックからカメラを出しました。
「もう、列車が来ちゃうから。あんなとこでウロウロしてたら見れなくなるよ。」
おじさんが笑って言うと、他の人も、好意的に我々を迎えてくれました。しばし、あちこちで談笑する姿が見られましたが、下りの単行のディーゼルカーがゆっくり走りぬけると、皆黙りました。

虫の声と、時折風が葉を揺らす音の他は、何も聞こえません。夏草のにおい。遠くで、甲高い鳥の鳴き声がします。

その時「ボーッ」と山の向こうから汽笛が聞こえました。
「くるぞ」だれかがささやきました。
再び誰もが黙ると、「シュシュシュシュ」というブラスト音がだんだん大きく聞こえてきました。
山の上に吹きあがる黒い煙が見えた途端、森の向こうから雲のように黒煙を噴き上げてC623号機が姿を現しました。
シャッター音が一斉に、夕立のように湧き上がりました。
ブラスト音と「ガチャンガチャン」というような動輪のロッドの回転する音、コンプレッサーのタービンの唸り、ドンドンというように腹の底に響くような煙を吐く音。すべてが混然一体となって、狭い山間に響かせながら、目の前のカーブを登ってきました。

c62koawa
小沢駅を出発、フル蒸気で山越えに挑む

ファインダーの中で次第に大きくなる姿に、私は夢中でシャッターを切り続けていました。
そして、青い客車の「タタン、タタン」という軽いジョイント音が聞こえはじめた頃は、周囲のカメラマンはカメラから手を離し、列車に大きく手を振っていました。機関助士もそれにこたえて「ボッ」と小さく汽笛を鳴らし、大きく手を振り返しました。客車に乗っていた乗客も、誰もが笑顔で手を振っていました。

C62の吐いた煙が私達の周囲に立ち込めた時には、「C62ニセコ」の姿はもうありませんでした。
たくさんのマニアは、てきぱきと道具を片づけはじめました。
山は何事もなかったように、再び静寂を取り戻しつつありました。

C62zenibako
トンボ帰りで、下りのC62ニセコを狙う。山で見せた表情とは一転、足取り軽く走り去った

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