さて、ノルマンディー地区で展開された初日(6日)の連合軍の作戦は、(一部に大きな損害がでたものの)比較的順調に推移したと云えよう。上陸当日の連合軍の死傷者数は事前の予想よりは少なく(10,000人前後が予想され、チャーチル英国首相に至っては20,000名に及ぶことを心配したという)、5つの橋頭堡自体は大きな反撃を受けることもなかった。後続部隊も続々と上陸を始め、各部隊はフランス内陸部に向けて進出を開始していた。
ところが、作戦初日にカランタンからサン・ロー、バイユーとカーンを結ぶ線を確保し、ユタ・ビーチとソード・ビーチ以外の上陸地点を連携させて海岸線から10~16kmは内陸部に進出するという、当初のネプチューン作戦の目標は、実際にはどれも達成出来ていなかった。
その為、2日目以降の作戦の優先事項となったのは、各上陸地点・橋頭堡の拡充と連携、交通の要衝カランタンと東側の重要都市カーン(パリ方面への攻撃の起点とされた)の奪取であり、またその後は、シェルブール港の占領と安全な補給路の確立が喫緊の課題とされた。
ところで、この作戦における連合軍の勝因としては、先ずは何と言っても航空作戦による空爆・空襲での独軍予備兵力の移動妨害に尽きる。特に装甲部隊の昼間機動を封じた事は大きい。更に移動を妨害したのみならず、(コブラ作戦時の)装甲教導師団のように甚大な被害を被る例も多かった。ちなみにコブラ作戦とは、7月後半にサン・ローを攻略した後に、その西方で独軍戦線を突破する米第1軍の大掛かりな作戦であり、その時の空爆で強力な独軍装甲教導師団が一瞬にして壊滅(師団長フリッツ・バイエルライン中将の報告によると、兵員の損耗率は70%に達したとされる)した。
逆に連合軍の進撃速度を鈍らせた原因には、ノルマンディー特有の「ボカージュ」の存在があげられよう。ボカージュとは、生垣と土手で細かく区分された耕作地のことで、この特殊な地形では装甲車両の機動は充分に行えず、視界は妨げられて待ち伏せをして守備する側に好都合であり、連合軍の進撃を大きく遅らせたとされる。
また独軍側から見たこの作戦は、「歴史のif」、つまりロンメルがその日に現場で指揮を執っていたならば、そしてヒトラーに要請が早く届き、それにより複数の装甲師団が早期に戦線に投入されていたなら、などの幾つかの可能性により結果は大きく変わっただろうと思える。(大勢は変わらずとも、パリの陥落や西部戦線の崩壊にはいま少し時間がかかっただろう・・・)
だが現実には、独軍においては指揮命令系統は乱れ果敢な決定は為されず、連合軍の攻撃を阻止するだけの歩兵の予備兵力や強力な装甲部隊が極めて足りなかった。そもそもカレー方面に主力兵力を配置していた独軍には、ノルマンディ地区の機動兵力としての装甲部隊は、第21装甲師団と第12SS装甲師団のみであったからであり、しかも第12SS装甲師団の参戦は遅れてしまうのだ。
そして第21装甲師団の反撃が頓挫したことで、ロンメル元帥の目指した「水際防御」は不首尾に終わる。以降は、独軍は常に守勢にまわり、戦局は敗戦に向けて一直線となった。彼が「最初の24時間で勝負がつく」と言ったのは、正しかったのだ・・・。こうして『いちばん長い日』に落日が訪れた。
最後に、オーバーロード作戦を全体的に見た場合、連合軍はフランス上陸を達成して欧州戦域における第二戦線の構築を果たした。その結果として独軍は、陸上でも二正面作戦を展開することを余儀なくされ、引き続き東部戦線では赤軍の攻勢にさらされて守勢著しい戦況が続いていく。以後、ドイツの劣勢は決定的なものとなった。
その意味では、本作戦は当初の目的をほぼ成功裏に終了させた、第二次世界大戦の趨勢を決した重要な大作戦である。そして現在でも第二次世界大戦史の中で最も重要な戦いの一つとして数えられているのだ。
また、この連合軍の欧州上陸を許した独軍首脳の多くが、各々の立場から戦争の行く末を予測したが、それはもはや局地的な戦術レベルでの勝利の積み重ねでは戦争全体の流れを変えられる時期は通り過ぎたことを表しており、ドイツの敗北は不可避であるという一点に結論付けられた。そして、それが講和・和平派の台頭とヒトラー暗殺未遂事件の実行に繋がっていくのだった・・・。
こうして欧州での戦争は最終盤に向けて急速に動き出すのだが、以上でその「終わりの始まり」を描いた【ノルマンディー上陸作戦70周年記念】 『6月6日Dデー』の連載を終えたいと思う。
また読者諸兄には、筆者が再び戦史に残る偉大な軍事作戦の記録/記事を執筆する際には、是非、応援をよろしくお願いする・・・。
-終-
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(1)】 6月6日Dデイに向けて・・・『オーバーロード』作戦の立案と概要編・・・はこちらから
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(2)】 6月6日Dデイに向けて・・・連合軍側の事前準備・編成(戦闘序列)と攻撃目標編・・・はこちらから
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(3)】 6月6日Dデーに向けて・・・独軍側の迎撃態勢編・・・はこちらから
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(4)】 6月6日Dデーに向けて・・・上陸作戦前夜編・・・はこちらから
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(5)】 6月6日Dデー・・・上陸作戦当日・前編・・・はこちらか
【ノルマンディー上陸作戦70周年記念(6)】 6月6日Dデー・・・上陸作戦当日・後編 -1、米地上軍の戦い・・・はこちらから
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