『鬼平犯科帳』(中村吉右衛門版)のキャストと放送内容
【1. レギュラー出演者】
《火付盗賊改方 長官》
・長谷川平蔵:二代目中村吉右衛門
不遇な生い立ち(庶子であった為、父の正室で義母の波津に「妾腹の子」と蔑まれた)故の放蕩無頼な青春時代を送ったことで、長じて市井の人々の心や人情の機微がわかる人物となった。父である宣雄の死後、旗本・長谷川家を継いで、やがて火付盗賊改方の長官(おかしら)に就いた。原作では、小太りで穏やかな容貌、笑うと右の頬に深い笑窪が出来る、と描写されているが、これは初代シリーズの吉右衛門の父親、八世・松本幸四郎の顔貌をモデルとした原作者の創作とされている。それに比べると吉右衛門の“鬼平”は、随分とスマートで現代的な感じがするが・・・。
平蔵は、一刀流を高杉銀平に師事して目録を授かっており、更に小野田治平より不伝流居合術を学んだ剣の達人として描かれている。原作でもテレビ番組でも、その圧倒的な剣戟の強さは頼もしいばかりだ。
また彼は酒も煙草(特に寝煙草)も大いに嗜み、なによりも美食家であり「旨いもの」には目がないが、この点に関しては別途(本作の魅力の数々にて後程)述べたい。また辛党のハズの彼は存外に甘いものもいけるくちで、好みのスイーツは本銀町菓子舗「橘屋」の“加茂の月”という菓子(鶏卵を使用した薄焼煎餅)や喜楽煎餅(表面に砂糖をまぶしてある煎餅)で、白玉に砂糖を山のようにかけて食べたりもする(『狐火』)。
平蔵愛用の煙管(きせる)は、亡父の宣雄が京都の煙管師・後藤兵左衛門に作らせた形見の逸品とされているが、テレビ番組の中でも平蔵がこの銀の煙管で煙草を飲む場面は実に多く登場するが、実はこの煙管は一度盗まれたことがあった(『流星』)。
“鬼平”のペットはというと、メジロを飼っている姿が何度か劇中にも登場するが、他には愛犬にクマという名の柴犬がいて、実は平蔵の命の恩人だったりする。 『本門寺暮雪』で“凄い奴”に追い詰められた平蔵を助けた犬がそれ。他のシリーズでは別の描き方となっていた様だが、原作に忠実なのは吉右衛門版。ちなみに原作者・池波の飼い犬もクマといった。
そして小説やテレビ番組では、平蔵の役宅は清水門外、私邸は目白台にあることとなっているが、史実では長谷川平蔵宣以の屋敷は本所三つ目にあり、目白台には平蔵率いる御先手組の与力・同心の組屋敷があった。原作者・池波がこの変更を選択した理由にはいくつかの説(武鑑の誤読など)がある様だが、筆者は単純に役宅が本所の外れにあるよりも千代田のお城に近い清水門外にあることで、火盗改方の拠点が西へとずれた形となり、おかげで“鬼平”たちの日常の行動範囲も江戸の西域へと広がった様に感じるのだが如何だろうか。
さて平蔵は凶悪犯には「鬼」の様な厳しい態度で接し、きつい拷問を行うことに躊躇もないが、一方では、非道な行いをせずに技をもって盗みを犯す盗人や、義侠心に厚い者・止むに止まれぬ事情で罪を犯した者たちには、寛容で情け深い「仏」の様な配慮を見せることも多い。
“鬼平”の印象的な科白(せりふ)には、「人間というやつ、遊びながらはたらく生きものさ。善事をおこないつつ、知らぬうちに悪事をやってのける。悪事をはたらきつつ、知らず識しらず善事をたのしむ。これが人間だわさ」(『谷中・いろは茶屋』より)というものがあり、そこには彼の人生観というか、人間という生き物に対する見方が込められている。もとより善人がいるのではなく、悪人がいるのでもない。人間とは一身に善と悪を抱え込む存在なのであるという想いが平蔵の人間観であり、この矛盾した現実を知る彼だからこそ「鬼」にも「仏」にもなれるのだった・・・。
即ち彼は、極悪非道な悪党を捕えて裁くロボコップの様なスーパー検察官としてではなく、ごく普通の物欲を持つ人(ひと)の親であり、時として色恋沙汰にも大いに理解を示すのだ。はたまた悪戯好きで茶目っ気たっぷりな、大変親しみ易い人間味のある人物として創造されているのだった。
尚、吉右衛門の演ずる“鬼平”は、他のシリーズ以上に原作の平蔵が持つ、何とも云えぬ色気とカワイさを醸し出していると評判が高かったし、それ故、若い女性ファンが多いとされる。
《火付盗賊改方 与力》
・佐嶋忠介:高橋悦史(第1シリーズ〜第6シリーズ、劇場版、以後代役なし、1996年5月19日死去)
真面目で苦労人の筆頭与力で、その実力はピカイチ。平蔵より4、5歳年上の腹心で、もともとは先代の火付盗賊改方(堀帯刀の組)に所属していたが、その有能ぶりを平蔵に評価されて引き続き火盗の与力となっている。平素は謹厳実直ぶりが目立つが、実は大の酒豪である。 また吉右衛門版での佐嶋与力は、時には冗談めかして部下の同心を嗜めたりする洒落っ気もある人物として描かれているが、いざという時には手堅くシャープさを失わない“鬼平”を支える火盗の大黒柱と云えばまさしくこの人であり、佐嶋与力こそが高橋悦史後半生の当たり役だと思う。尚、萬屋錦之介版の高松英郎(第1・第2シリーズ)の演技は、少しマイルド・好々爺へ舵を切った印象が強かったのは筆者だけだろうか・・・。ちなみに、高橋悦史は佐嶋を演じるにあたって色々な演技プランを考えた様だが、原作者の池波から「何も考えるな、ひたすら控えめに!」と言われて、どうしたら良いのか分からずに苦労したという。
・天野甚造:御木本伸介(第1シリーズ〜第6シリーズ、劇場版、以後代役なし/萬屋版でも同役、2002年8月5日死去)
佐嶋に比べると印象が薄い与力だが、原作での登場頻度は佐嶋の1/10以下であるから、それも致し方ないのだろう。テレビ番組では与力の出番が佐嶋に偏るのを避けてか、小説に比べると登場場面は多い。原作と似て、真面目ではあるがいささか杓子定規で、融通が利かない人物として描かれている。だが筆者は意外に御木本伸介の天野甚造が好きであった。個性の強い“鬼平”や他の出演者(盗賊含む)と比較して、極めて常識人的な役回りを演じていて、出番は少ないもののその存在はバランサーとして実は重要だったのではとさえ思っている・・・。
・小林金弥:三代目中村歌昇/現・三代目中村又五郎(第7シリーズ〜)
亡父の後を継いだ与力。若さに似合わず慎重で、部下の進言に対しても柔軟に対応する人物。だが最終回のスペシャルなどを観ると、与力は小林しか登場しない。当然、高橋悦史も御木本伸介も亡くなっているのだから当たり前なのだが、若手与力のハズの小林金弥(中村又五郎)も随分と年老いた。
《火付盗賊改方 同心》
・酒井祐助:篠田三郎(第1シリーズ)→柴俊夫(第2シリーズ第4話から登場)→勝野洋(第3シリーズ〜)
筆頭同心を任されている沈着冷静な男であり、剣は柳剛流の免許皆伝。尺八が得意で虚無僧姿の変装も多い。テレビ番組では佐嶋と並んで登場シーンが多く、現場で同心たちを束ねる人物。篠田三郎演じる酒井には多少なりともインテリジェンスが感じられたが、柴や勝野の酒井は武闘派一辺倒に見えてしまう。ちなみに初代シリーズの松本幸四郎版などでは、酒井同心(配役は竜崎勝、フリーアナウンサー高島彩の父)が“鬼平”の腹心中の腹心として描かれていて、また常に長官(おかしら)の市中見回りの供などもしており、筆者などには長らく酒井祐助役といえば竜崎勝というイメージが拭えなかった。
・木村忠吾:尾美としのり
剣術の腕はからっきしダメだが、女と美味いものにかけては目がない同心。性格はおとなしく優柔不断。色白でぽっちゃりしており、芝浦明神前の菓子舗「まりむら」のうさぎ饅頭に似ていることから同僚たちからは「兎忠(うさちゅう)」と呼ばれてからかわれることが多い。お調子者で失敗も多々あるが、憎めない性格とここぞという時の働き(大概は偶然であるが)で、何とかお役目を続けている。後に同僚の同心・吉田籐七の四女である、おたかと結婚するが、今度はのろけ過ぎて周囲から顰蹙(ひんしゅく)を買っている。この女好きのダメ男である木村忠吾を、実は平蔵は厳しく叱り飛ばすだけではなく、時には優しい目で可愛がり育てていた。平蔵は忠吾と二人きりの場面では気軽に食べ物とか女の話をするが、そんな彼らの会話が観る者を和ませてくれるのだ。ある意味彼は、『鬼平犯科帳』一番の人気者とも云える人物である。吉右衛門版の尾美の忠吾も悪くないが、筆者は初代シリーズでこの人物を演じた古今亭志ん朝の噺家ならではの妙な色気と滑稽味が綯い交ぜとなった演技が好ましかった。
・小柳安五郎:香川照之(第1シリーズ〜第2シリーズ)→谷口高史(スペシャル版 『雨引の文五郎』〜)
従来はおっとりした性格て剣術の腕もそれほどではなかったが、妻子を出産で亡くしてからはまるで人が変わったかの様に剣術の稽古に励み、心身共に筋金入りの人物に変貌しては危険を顧みず仕事に邁進する。後にお園(平蔵の異母妹)と再婚し、平蔵の義弟となった(但し、お園の素性を小柳は知らない)。また同心の中でも人一倍、人情の機微に通じており、犯人を自白に導く手腕は火盗でも随一だったが、谷口高史演じる小柳同心は最終回スペシャル前編(『五年目の客』)で石動虎太郎に暗殺される(後編『雲龍剣』へと続く伏線)。ちなみに第2シリーズの『雲龍剣』で殺害された同心は片山慶次郎と金子清五郎であり、ストーリーも微妙に異なる。
・沢田小平次:真田健一郎(第1シリーズ〜スペシャル版 『引き込み女』、以後代役なし、2008年12月17日死去)
小野派一刀流免許皆伝の達人で、平蔵からも折紙を付けられている程の遣手。原作では当初は独身で老母と二人暮らしの設定だが、この強くて控え目な男も後に妻帯(『誘拐』)する。愛刀は、亡師の松尾喜兵衛から譲り受けた河内国国助二尺四寸余で、この業物をもって師匠・松尾の仇を討ち果たした(『剣客』)。尚、好物は蕎麦がきである。また小柳安五郎よりは2歳年少で、木村忠吾より3歳の年長とされている。
・山田市太郎:小野田真之(三ツ矢真之→辻政宏と改名)
4人の子持ち同心。30俵2人扶持の薄給の上、末娘と妻が病気の為、高利貸しから五両の金を借りる程困窮していた。生活苦から盗みに入ろうかとまで思いつめていたが、事情を察した平蔵から十両(原作では五両)の見舞金を貰い感涙する。
・竹内孫四郎:中村吉三郎(第1シリーズ〜)
原作シリーズ前半では比較的頻繁に登場するが目立たないキャラクター、年齢や家族構成の記述もない。吉右衛門版では、白州の場面で書記役を務めている事が多い。
・松永弥四郎:宮川不二夫(不破三四郎→不破龍彦と改名)(第2シリーズ〜)
短気がたまに傷だが熱心な性格の同心。どちらかというと童顔で、眉の濃い円らな愛くるしい眼の持ち主。変装と尾行が得意で、特に捕り縄を使わせたら火盗でもトップクラスの竹内流捕手術の名人である。一時期、倒錯的な嗜好(自らの妻を野天で襲うという異常な癖)に熱を上げたこともあったが、男女の浅ましい姿を見たことで改心。特に男児が出来てからは、至って真面目となった。
・原田一之進:木村栄(第5シリーズ〜)
盗賊捕縛を最優先として働き、少々不器用で酒も煙草もやらない真面目な同心。原作では、妻を盗賊の生駒の仙右衛門一味の惨殺され、その仇を討つかの如く一味の捕縛に邁進する(『流れ星』。
・細川峯太郎:中村歌昇(第4シリーの第6話「俄か雨」に登場、第7シリーズ〜は与力の小林金弥の役)
色が浅黒く、木村忠吾から「佃煮男」と呼ばれている。元々は火盗の優秀な役所詰の溜勘定掛の同心だったが、命懸けで働く召捕・廻り方の同僚たちに対して引け目を感じ、卑屈な態度を取り続けていた人物。しかし平蔵のはからいで同僚の同心・伊藤清兵衛の娘であるお幸と結婚してからは性格も明るくなり、廻り方に回されて手柄を上げる。しかしその後も色々と紆余曲折があり、何度も叱責を受けては勘定方と外廻りの役目を往ったり来たり、何とか最後には召捕・廻り方に戻ることが出来たが、まるで“忠吾二世”とも云うべきチャランポランで滑稽な同心で、即ち忠吾と峯太郎は火盗のお調子者ツートップなのである。但し、筆者の周囲からは、忠吾が昔気質(かたぎ)の「伝統的なチャランポランさ??」を持っているのに対して、峯太郎は最近のゆとり世代的な「さばけたいい加減さ??」だ、との説がしきり。ちなみに、錦之介版でも中村歌昇が細川峯太郎を演じており、しかも木村忠吾以上にコミカルな役回りの峯太郎を演じている。
・村松忠之進:沼田爆(第1シリーズ第3話から登場、劇場版には未出演)
原作では与力だがほとんど登場しない。吉右衛門版では料理が趣味の同心で、まるで賄い方の様に張り込みや宿直の同僚たちに弁当や夕食・夜食を作ったりしている。しかしこの彼の行動はテレビ番組化にあたり脚本家の野上龍雄によって加えられたオリジナルの設定である。その料理は玄人はだしで美食家の平蔵を唸らせる程ほど腕前だ。彼の綽名は“猫どの”と言い、普段は穏やかな性格で物分かりの良い男だが、こと食に関する点では妥協を許さず上司の平蔵とも丁々発止の口論を繰り広げる場面もあり、また食いしん坊の木村忠吾とのちぐはぐな会話のやりとりが番組中でもコミカルに描かれている。但し、一部にはこの人物の過剰な食に関する薀蓄には辟易という視聴者もいた様だし、実を言えば筆者もそのひとりである・・・。ちなみに、火付盗賊改方役宅の料理番と云えば、村松以外に板前の勘助(左とん平)という者がいたがある事件に巻き込まれて(『白い粉』・・・。