連載短編ノベル「~記憶~」2 〈869TFU22〉

「記憶」題名のよこんとこ2完成ある日、小さな島にすむ高校生の陸斗は謎の少女、冬菜に出会う。その少女は記憶を失くしていた。陸斗の祖母の記憶では、二人はかつて出会っていたという。祖母の語る二人の出会いとは?島に伝わる不思議な伝説とは?

 

入道雲が空を覆い、島中に雨を降らせ始める。
陸斗は予想外の雨に、光代をおぶり走る。そのあとを冬菜は追う。
そして青い瓦が特徴的な、小さな家にたどり着く。

陸斗は屋根の下で、おぶっていた光代を下す。
後ろを振り返ると冬菜が遠慮がちにもじもじしている。

「ん?どうした?」

冬菜はきょろきょろしていた視線を陸斗に戻し、尋ねる。

「あの…本当に良いんですか?」

その質問にふぇっふぇと光代は笑う。

「えぇえぇ。陸ちゃんの友達じゃし、昔もそうじゃったからな」

その言葉に冬菜は礼を言いぺこりと頭を下げる。

「では…おじゃまします」
「おう」

陸斗は玄関扉に手をかけ、スライドさせて開ける。
ガラガラと、木とガラスのぶつかる音が鳴った。

「ただいまー」

陸斗が帰りを告げると、台所から陸斗の母、雪江が出てくる。

「おかえり、陸斗、それにお母さんも。ところで陸斗、お豆腐は?」

その問いに陸斗は顔をしかめる。

「めんどくさいからサボった」

すると雪江は腰に手を当て、もう片方の手で持っていたお玉を陸斗に向ける。

「いつも言ってるでしょ!若い子がめんどくさいって言わないって!サボるなって!もーっ!」

とため息をついたところで、後ろに陸斗に隠れるように佇んでいる冬菜を発見する。

「…陸斗、その子は誰?」
「わかったよ!陸兄の彼女だ!!」

雪江の問いに陸斗が答えようとしたところで、元気な声が乱入してくる。
その方を見ると、チューペットを吸いながらニヤニヤと笑みを浮かべる、妹の夏希だった。

「は!?ちげーよ!」

陸斗は大声で反対する。
その反対の仕方に何かを察した雪江は冬菜の前に行き、深々と頭を下げる。

「陸斗がお世話になっています。不束者ですが、どうか末長く…」
「ちがうっつーのっ!!母さんも話をややこしくしないでくれ!!」

雪江の的外れの行動に制止をかけつつ頭を抱える。
ここまで黙っていた光代が一つため息をつくと、雪江は光代の方を見る。

「雪江、ボケも大概にしなさいな」

光代の言葉に雪江はポリポリと頬を掻き冬菜の顔を見た後、光代に視線を戻す。

「…じゃぁお母さん。この子は?」
「冬菜ちゃんじゃよ。秋田冬菜ちゃん。昔陸ちゃんと一緒に遊んだ子じゃよ」

雪江は頬に手を当て、一瞬考え込んだ後思い出す。

「冬菜ちゃんって…あの冬菜ちゃん!?」

視線を冬菜に戻す。
冬菜の表情は依然と困惑した表情だ。
陸斗は冬菜に出会った経緯と、診療所での診断を雪江と夏希に話した。

雪江はうんうんとうなずいて聞き、夏希はさっぱりわからないという表情をしていた。

「それで、ばあちゃんが冬菜をこの家に泊めればいいって言うんだけど…」

陸斗が語尾を濁らせて言うと、雪江はすんなりと了承してくれた。

「いいわよ!泊めましょう!お母さんが許したんだしね!」

それに、と光代が雪江の言葉を引き取る。

「この家に居た方が、何か思いだしやすいと思うからの」

光代がにっこりと笑窪を作って笑う。
その言葉に雪江もにこにこと笑い、うなずく。
冬菜は透明な安堵の笑みを浮かべて、深々とお辞儀した。

夕食を食べ終え、陸斗は縁側に寝転びながら土砂降りの雨を眺めていた。
居間からは喜々とした夏希の声が聞こえ、台所からは雪江が食器を片づけている音が聞こえる。

陸斗は居間を見る。
冬菜は夏希のボードゲームの相手をしている。その手はどこかおぼつかない。

(そういえば、昔もあんな風におぼつかなかったっけ)

陸斗が小さい頃、冬菜と遊んだ思い出、
二人で、海で遊んだり雨が降れば家の中でボードゲームで遊んだりした。
その時も、ボードゲームを知らないと言う冬菜に一つ一つ教えたっけ、なんて思い出す。

しかしそんな思い出も、今になって思い出す。
ずっとそんなことは忘れていたというのに。

陸斗は視線を土砂降りの曇天の空に戻す。
依然雨は降り続いている。
ズキリ、と頭の奥が痛む。思わず頭を押さえる。

瞼の裏に、大雨の海に溺れる少年の姿が見えた。

水の中「!?」

「…陸斗さん?」

その透き通った声に現実に引き戻される。
声の方を向くと、冬菜が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「大丈夫ですか?」

この、覗き込む状況はどこか見たことがあるが思い出せない。
陸斗はへらりと笑う。

「あぁ、大丈夫だ」

冬菜は眉を顰めた。そして、何か言おうとしたその時、夏希が後ろから、冬菜を呼ぶ声が聞こえた。

「冬菜さーん、続きー!」
「あ、はい!陸斗さん、無理しないでくださいね」

陸斗の方を向き、そう残すと夏希の元に戻って行った。
陸斗はおう、と返事をした。

そして真顔に戻る。
診療所で川島に最後に言われた言葉を思い出す。

「もし、その子の記憶をすぐ戻せるとすれば…この島の言い伝え通りに行動するのが手っ取り速いんじゃないか?」

『満月が湖に映りし時、すべてがわかるだろう』

冬菜の方を向き、決心する。

(試してみるか…!)

陸斗は立ち上がり、祖母の部屋に向かう。
障子の前に座り、中に声をかける。

「ばぁちゃん、入っていいか?」
「ん?陸ちゃんかい?入りなさいな」

障子をずらし、中に入る。
光代はお茶をすすっている。

「どうしたえ?」

陸斗は太ももの上に置いた手を握り、光代に問う。

「ばぁちゃん、次の満月っていつ?」

光代は腕を組んで唸る。
うんうん唸った後に首をかしげる。

「おそらく明後日じゃなかったかの」

その答えに陸斗は目を見開く。

「そ、そんなすぐなのか…!?」
「おぉ。わしは毎日月を眺め取るからな。今日は見えないけど、明後日にはもう満月になるぞ」

急すぎて困ったと頭を掻く。気を取り直してもう一つのことを聞く。

「じゃぁ、この島の中心の湖って?」
「月光湖のことかい?」

懐かしむように光代は目を細める。

「よく陸ちゃんを連れて行ったっけねぇ」

陸斗は苦笑いする。
光代に手をつながれながら、散々言い伝えを聞かされて歩いた道だ。
陸斗は光代に礼を言って立ち上がろうとしたその時、先ほどの光景がフラッシュバックする。
黙りこむ陸斗を不思議に思った光代は陸斗に問う。

「…どうしたんだい?」

陸斗は唇を一文字に結んだあと、開く。

「…なぁばあちゃん。俺って…海難事故かなんかにあったこと…ある?」

その言葉に光代が凍りつく。
そして柄にもなく、真顔になった後、目つきが険しくなった。

「…詳しい話は、川島先生の方が知っているから、先生にお聞き」

陸斗は疑問の視線を向ける。
光代は肩をすくめる。

「私と雪江は、アンタが診療所に運ばれた後のことしか知らないんだ。その状況を見ていたのは、川島先生だから」
「そ、そうか…ごめん、ばぁちゃん。ありがと」

光代に礼を言い、部屋を退出した。
部屋に残された光代は、冷たくなったお茶をすすった。

海難事故
溺れた光景は、どうやら本物で、しかも自分のようであった。
何故かそれを知っているのは、医者の川島だと言う。

「どういうことだ…?」

そう疑問を口にすると、ブブッと返事をするかのように、ポケットに入れていたスマートフォンが揺れた。
画面を見てみるとSNSに拓真からのメッセージが入っているようだった。
慣れた手つきでパスワード画面を二回クリアすると、SNSの画面になる。
メッセージを確認すると、こう書かれていた。

「陸斗!明後日は満月なんだけど、皆で月光湖にいかねーか!?言い伝えの通りだったらなんか起こるはずだから、見にいこーぜ!!」

ナイスタイミングと言わんばかりのメッセージ。
陸斗は冬菜を見る。
冬菜は夏希とのゲームが終わったのか、縁側で外をぼんやりと眺めていた。
その横顔は夜の雨の中に溶けてしまいそうなほど、透き通っていた。

陸斗の視線に気づいたのか、こちらを向いて、にこりと笑った。
その笑顔もまた、透き通っている。

「どうしたんですか?」

陸斗はあー、と言葉を濁らした後、視線を冬菜に戻す。
そして拓真からの誘いを話す。

「明後日って休みなんだけどさ…一緒に月光湖に行かないか?友達もいるんだけど…」
「え?」

冬菜は驚きの表情を向ける。
それに陸斗はあわてる。

「あ、いや、嫌なら断るし、友達が嫌なら俺だけで行ってくるからいいんだけど…」

手をアタフタと動かす。
冬菜は驚きの眼を細める。

「わかりました」
「え?」

冬菜は笑っていた。

「行きましょう、湖」
「い、いいのか…?」

ハイ、と返事をして笑った。
その笑顔はどこまでも、どこまでも透明な笑顔だった。
今にもどこかに消えてしまいそうな、そんな儚い笑顔。
そんな印象を受けた。

その笑顔は、どこかで見たことがあるような気がして、
胸騒ぎがさざ波のように押し寄せてきた。

 

―つづく―

 

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