今回の【名刀伝説】は天下三名槍のひとつ、「御手杵(おてぎね)」を紹介する。
その巨大さ故に決して実戦向きではないが、自らの「武威」を誇るシンボルとしては大変有効であったであろう。
← レプリカ穂先と手杵形の馬印(結城蔵美館 蔵)
天下三名槍「御手杵」の作者と来歴
「御手杵(おてぎね)」は、天下三名槍の1つ。室町時代末期(戦国時代)に駿河国島田の刀工、島田派の4代五条義助が鍛えた大身槍であるとされる。
初代義助は、鎌倉の正宗派(相州伝)に師事したとの説もあるが、この義助を祖とする島田派は駿河国の大井川の左岸(島田宿)に住した刀工の一門である。銘鑑等によると、同派は康正年代(1455年~1457年)頃の初代義助にはじまり、同門には助宗、広助、義綱、元助らの存在が確認されている。
当時の駿河国西部は、今川氏、武田氏、松平(徳川)氏らの抗争が激しく武具の需要が極めて旺盛な地域であった為か、島田派の刀工たちも熱心に作刀に励んでいた様子だ。
また、初代義助は今川氏との結び付きが強く、今川義忠(義元の祖父)から「義」の字を賜り「義助」と称したと、古書『駿遠豆鑑』に記述されている。
更に、5代義助とされる五条清兵衛は、慶長9年(1604年)の大井川の大洪水の被害を受けて元島田に工房(鞴座)を移し、それ以降、江戸時代享保期頃(1716年~1735年)まで9代にわたり刀工の生業は続いたという。
尚、2代目もしくは3代目の五条義助が、永正年代(1504年~1521年)頃に相模国の小田原に移住したとの説もある。
さて「御手杵」だが、この槍は下総の戦国大名であった結城晴朝の愛槍であり、黒田家の呑みとりの槍として有名な「日本号」や、徳川四天王の一人、本多平八郎忠勝の「蜻蛉切り」と並んで天下三名槍として知られている。
結城家第17代当主の晴朝が前述の4代目五條義助に依頼して作らせたとされ、その養嗣子である結城秀康(徳川家康の次男)に伝わった。そして秀康亡き後は、秀康の五男で結城氏の名跡を継いだ松平直基の子孫である松平大和守家(前橋・川越松平家)に代々、宝剣として継承された。
その後、明治維新後に至っては松平伯爵家の家宝として大切に受け継がれていたが、誠に残念なことに戦時中の昭和20年(1945年)、東京大空襲の際に消失してしまった。
「御手杵」の姿・概要
この槍は、切先から石突までの拵えを含めた全長は約3.8mとされ、1丈2尺5寸をはるかに超える長さである。槍身も、穂(刃長)が4尺5寸5分余(138cm)、茎まであわせた全長は7尺1寸弱(215cm)と桁外れの大きさであった。そして重さも、6貫目(22.5㎏)以上はあったと伝わる。
この「御手杵」は、並の薙刀や長巻以上の大きさではあるが、穂先の断面は三角形をしており、薙ぎ払ったり切り付けるのではなく、あくまで突く為の槍である。
しかしその重量と巨大さから、実戦でひとりの武者が槍として使用したとは考え難く、実際には戦場での大将(結城晴朝)の馬標(うまじるし)として使われていたと考えられる。
またこの槍は、現実にも松平大和守家の馬印として参勤交代では大名行列の先頭に位置したが、その桁外れの重量の為に運搬の労は並外れていたという。
「御手杵」の名の由来
「御手杵」の名は、結城晴朝がある戦場で挙げた敵の十数もの首級をこの槍に刺し貫いて帰城する途中で中央部の首級が幾つか落ちてしまうが、その時の両端に首級が釘差しとなっている槍の姿が手杵の様に見えたことに由来するという。もしくは、以後に手杵形の鞘を造ったことから、この呼び名が生まれたとされる。
しかし実際のところは、単にこの槍の穂を収める鞘や拵が片手つきの杵の形をしていたことから、「御手杵」の槍と言われる様になったとする説が信じ易い。
ちなみに、「御手杵を鞘から抜くと必ず雪が降る」とか「参勤交代の先頭に立てると雨が降る」という伝承があったそうだ。
「御手杵」のレプリカ
この槍は、静岡県島田市の市議会議員の有志や研究者の「御手杵の槍 復元委員会」により復元が図られ、平成15年(2003年)にはレプリカが完成した。
そして結城氏初代の結城朝光の没後750年祭にあわせて、島田市より結城市に寄贈され、現在は結城市内の展示施設である結城蔵美館にて常設展示されている。
天下三名槍の中では唯一、実物が失われた槍だが、レプリカが何時でも拝観できるのは有難い。例えレプリカでも、その巨大さと剛毅な雰囲気には圧倒されるものがあり、是非、機会があれば見学されることをお勧めする。
-終-
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