さて、ここらで通常の捜査ドラマ・刑事ストーリーに話を戻すと、最も多くの俳優さんにより演じられているのではないか? と思える刑事の一人目が、西村京太郎さん原作の推理小説の主人公・十津川省三警部だろう。彼は警視庁捜査一課の係長で階級は警部。相棒の刑事・亀井定雄は、十津川率いる係の主任で階級は警部補である。
その中でも、TBS系の2時間ドラマ『西村京太郎サスペンス 十津川警部シリーズ』で全54回にわたり主演の十津川省三を演じた故・渡瀬恒彦さんが一番。また、亀井警部補の役の伊東四朗さんも最多亀井刑事である。尚、上司の本多時孝捜一課長の階級が警視なのはおかしいが、更に上司の警視庁刑事部長の階級は警視監となっており、これはドラマでは珍しく正しい。しかし、この作品でも警部が率先して現場を(特に地方を)やたらと廻って捜査に従事するのは、原作通りではあっても、本来はムリにムリを重ねた設定なのだが…。
更に現在は、題名を『西村京太郎サスペンス 新・十津川警部シリーズ』と変え、十津川警部は内藤剛志さん、亀井刑事は石丸謙二郎さんの新コンビへと交代した新シリーズが開始されている。
また過去に十津川を演じた俳優には、三橋達也さん(テレビ朝日「土曜ワイド劇場」)、天知茂さん(テレビ朝日「土曜ワイド劇場」)、高橋英樹さん(テレビ朝日「火曜ミステリー劇場」・テレビ朝日「土曜ワイド劇場」)、高島忠夫さん(テレビ朝日「土曜ワイド劇場」)、宝田明さん(TBS「ザ・サスペンス」)、若林豪さん(TBS「ザ・サスペンス」・フジテレビ「金曜エンタテイメント」)、夏八木勲さん(日本テレビ「火曜サスペンス劇場」)、渡辺裕之さん(日本テレビ「西村京太郎からの挑戦 本格ミステリークイズ 芸能界推理王決定戦!」)、石立鉄男さん(フジテレビ「木曜ドラマストリート」)、小野寺昭さん(フジテレビ「金曜女のドラマスペシャル」・フジテレビ「男と女のミステリー」)、高嶋政伸さん(フジテレビ「金曜プレステージ」)、萩原健一さん(テレビ東京「女と愛とミステリー」)、神田正輝さん(テレビ東京「女と愛とミステリー」)、津村和幸さん(旅チャンネル「西村京太郎の鉄道ミステリー」)などがいる。
続いては十津川警部ほどではないが、森村誠一さん原作のミステリー小説に登場する棟居弘一良(警視庁捜査一課の警部補)だ。
テレビ朝日『棟居刑事シリーズ』(1996年~2000年)は佐藤浩市さん版、その後、TBSの中村雅俊さん版が2001年から2004年にかけて放映された。テレビ朝日系の『新・棟居刑事シリーズ』は東山紀之さんが棟居の役で、2005年から始まり現在も継続中だ。
他に棟居刑事が登場する(映画を除く)『人間の証明』のテレビドラマ化を含めてカウントすると、石黒賢さんの『人間の証明』(1993年、フジテレビ)、渡辺謙さんの『人間の証明2001』(2001年、テレビ東京)、そして竹野内豊さんが棟居刑事を演じたフジテレビ系の『人間の証明』が2004年に放送されている。古いものでは、林隆三さんが棟居刑事を演じた『人間の証明』(毎日放送、1978年)などがある。
ところで、この棟居刑事と共演したことがある他の刑事としては、「モーさん」こと牛尾正直警部補が有名。テレビ朝日系の『終着駅シリーズ』の主人公であり、原作は棟居作品と同じ森村誠一さんだ。シリーズの初期の「モーさん」は露口茂さんが演じており、この時の牛尾刑事は随分と渋くて深みのある人物だったが、途中から片岡鶴太郎さんに代わり、今度はいたって軽量級、何処にでも「飛びます、飛びます!」とばかりに気軽に飛んでいくデカとなった。牛尾正直は警視庁新宿西警察署刑事課の刑事であるのに、事件解決の為とはいえ全国を飛び回るのだ。あんなに簡単に出張を許してくれる所轄署の刑事課なんてあるんだろうか・・・。またこのシリーズ、相当強引な設定ではあるが、既述の牟田一郎刑事官(&事件記者冴子)とのコラボも人気であった。
その他にも複数の俳優さんにより演じられた刑事としては、今野敏さんの警察小説シリーズ(『リオ』・『朱夏』・『ビート』・『烈火』・『廉恥』・『回帰』)のテレビドラマ化での樋口顕があり、これまでに鹿賀丈史さん、緒形直人さん、内藤剛志さんらが主人公の樋口の役を演じている。
鹿賀丈史さん版がNHK 『日だまり刑事 容疑者リオの涙』(原作は『リオ』)、その後、テレビ東京系で内藤剛志さん主演のものが『警視庁・樋口警部補』で、『…朱夏』(2003年)と、『…リオ 水曜日の殺人者』(2004年)が放映されている。また『ビート』がWOWOWでドラマ化された時は、樋口警部補(捜査一課主任 )は、緒形直人さんが演じていた(但し主役は奥田瑛二さん演じる捜査二課主任 の島崎洋平警部補)。そして2015年以降には、再びテレビ東京系の作品『警視庁強行犯 樋口顕』(『廉恥』、『ビート』、『烈火』)で樋口顕(警部に昇格、警視庁強行犯係の係長)を内藤剛志さんが演じている。この樋口警部も帳場が立った時、ひな壇にいることはなく何故か一般捜査員席に部下と一緒に着席しており、当然だが率先して現場に捜査に赴く。『ビート』では捜査二課から応援に来た警部(柄本明さん)が同様に扱われており、同じく現場を徘徊するのも変な話であるが…。
さてそれでは、ここからは一世を風靡した人気の刑事ドラマ『踊る大走査線』シリーズに関しての疑問点に触れたい・・・。
読者諸氏は周知の通りだろうが、フジ『踊る大走査線』シリーズはそれまでの刑事ドラマが非現実的な設定や描写が多かった中で、そういった要素を出来るだけ取り除いて現実の警察組織に近い体制や捜査活動の実情を描いた作風で人気を博した、エポックメイキングな刑事ドラマであった。
「管理官」という役職やキャリア組警察官の存在、また本庁(本店)と所轄署(支店)との軋轢などを世に知らしめたのも、この番組だったと思う。そんな中で颯爽と登場したのが柳葉敏郎さん演じるキャリア官僚、室井慎次である。
そこで先ずは主要登場人物のひとりである、室井慎次を取り巻く多くの謎について語ろう。刑事ドラマの嘘と間違いだらけな点を検証してきた本稿では、この大ヒット番組についても、あくまで現実の警察組織やその人事制度の実態とかけ離れている点にフォーカスしようと思うのだが、そうすればそうするほど室井慎次というキャリア警察官には変テコな点がてんこ盛りなのだと気づかされる・・・。
最初のスペシャル番組「歳末特別警戒スペシャル」で、それまで警視庁刑事部捜査一課の管理官であった室井は、警視の階級のまま警察庁警備局の警備課長を務めているが、これは大きな誤りである。警視が警察庁警備局の課長に就任することは、天地がひっくり返っても、絶対にあり得ない。警察庁の課長級のポストは警視長クラスが就任する役職であり、これは警視庁でいえば部長級であり、小さな県警本部の本部長にも就く階級である。
警視正に昇級して警視庁の警備部警備第一課長となったのであれば、それは現実に即しているが、やはり警察庁と警視庁を混同しているとしか思えない人事である。または警察庁警備局警備課の課長補佐ならば、警視の階級のままで問題はないのだが・・・。
ところが次の「秋の犯罪撲滅スペシャル」での室井は、もっと酷い。何と警察庁長官官房首席監察官として登場するのだが、これには驚天動地、びっくりポンなのだ!!
この職制は、全国の警察組織の監察に関する職務・職掌を統括するTOPの立場であり、審議官/局次長級のポスト(指定職俸給表によると審議官相当の3号俸ないし2号俸が適用)だ。警視監クラスが補職され、その職責の重要性から既に道府県警察本部長等の重職を経験した者が就任することが通例とされている。ちなみにこの時、ドラマの設定では室井の年齢は34歳とされており、この年齢で警視監となることは現行の警察制度では絶対に考えられない。
ここでも警視庁のヒラ監察官(警視)にしておけば、それで問題はなかっただろうに・・・。
その後の「THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!」では、警視庁刑事部の参事官(警視正)となっている。前代未聞の破格の出世で若年にして警視監まで上り詰めた室井は、この時点で2階級降格となり刑事部の参事官となった。昇格する時も破天荒だが降格の時も未曾有の人事なのだ。この様な、絶望的な大左遷を受けた割にはケロリとしている彼は、青島が尊敬するだけあってとんでもない大人物であることは間違いない(笑)。
この「THE MOVIE 湾岸署史上最悪の3日間!」の後半で、警察上層部に逆らい更に警視に降格された室井は、北海道警察本部の美幌警察署長になる。
以降、「THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!」や「交渉人 真下正義」では、なんとか中央に復帰して警視庁刑事部の理事官から警察庁情報通信局付となり、その後は警察大学校の教官を経て警察庁刑事局刑事企画課長補佐となるなど幾多の役職を転々とし、「容疑者 室井慎次」では警視正に再昇格して今度は警視庁刑事部捜査第1課の管理官を務めているが、またまたミスマッチ人事(管理官は警視、警視正ではオーバースペック)の餌食となっている。当然乍ら、警視庁及び道府県警察本部には、警視正の階級の管理官は存在しない。
「容疑者 室井慎次」の終盤で、広島県警本部の刑事部管理官へ異動になるが 、階級は警視正のままだった様子。その後、警視長へ(再び!?)昇進して同じ広島県警で警備部長(本来、広島県警の警備部長は警視正のポスト)となる。そして数ヶ月後には警視監となって同警察本部長に就任しているが、こんなに早い昇進のスピードとキャリア組が同一の都道府県で先任者を差し置いて三段跳びで出世することはあり得ない。
そして室井は「THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!」においては再度大躍進、此度は官房審議官となっているが、官房審議官は実際には各局の局長に次ぐ重要ポスト(指定職俸給表3号俸ないし2号俸が適用)であり、以前の長官官房首席監察官と同様にドラマの設定の46歳程度で就ける地位ではないのだ。
とにかく、ハチャメチャな人事遍歴で毀誉褒貶を繰り返しているのが、室井慎次の警察官人生なのだった。