《ファンタジーの玉手箱》 木蘭(ムーラン)戦記 ~少女戦士の活躍を描く古代中国の物語~  〈2354JKI40〉

《ファンタジーの玉手箱》シリーズの海外編。記念すべき第1回は、中国から。少女戦士、木蘭(ムーラン)の活躍を紹介します・・・。

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『木蘭(ムーラン、簡体字では木兰)』は、古代中国における伝承文芸で語られてきた物語上の主人公のことです。そしてその物語の内容はと云うと・・・、

中国、北魏(386年~534年に存在した中国南北朝時代の国。華北を統一して五胡十六国時代を終わらせました。本来の国号は「魏」ですが、戦国時代や三国時代の魏などと区別する為に「北魏」と呼ばれます)の時代、ある村に花木蘭という少女がいました。小さい頃から父親の教えを受けて、武芸の達人として育ちます。彼女が18歳の時、北方の異民族の侵略により北魏の国では全土から兵士を徴兵しますが、木蘭は年老いて病弱の父親を今さら戦いに赴かせるに忍びず、自らが男装して父の代わりに出征するのです。その後、木蘭は北方の異民族を相手に各地を転戦、やがて(10年もの後)苦労の末に勝利を得て帰郷しました・・・、というのが概要です。

 

少し長くなりますが『木蘭詩』原文を紹介すると、

喞喞復喞喞 木蘭當戸織
不聞機杼聲 唯聞女歎息
問女何所思 問女何所憶
女亦無所思 女亦無所憶
昨夜見軍帖 可汗大點兵
軍書十二巻 卷卷有爺名
阿爺無大兒 木蘭無長兄
願爲市鞍馬 従此替爺征
東市買駿馬 西市買鞍鞴
南市買轡頭 北市買長鞭
旦辭爺嬢去 暮宿黄河邊
不聞爺嬢喚聲 但聞黄河流水鳴濺濺
旦辭黄河去 暮至黒山頭
不聞爺嬢喚女聲 但聞燕山胡騎聲啾啾
萬里赴戎機 關山度若飛
朔氣傳金柝 寒光照鐵衣
將軍百戰死 壯士十年歸
歸來見天子 天子坐明堂
策勲十二轉 賞賜百千強
可汗問所欲 木蘭不用尚書郎
願馳千里足 送兒還故郷
爺嬢聞女來 出郭相扶將
阿姉聞妹來 當戸理紅妝
小弟聞姉來 磨刀霍霍向豬羊
開我東閣門 坐我西閣牀
脱我戰時袍 著我舊時裳
當窗理雲鬢 對鏡帖花黄
出門看火伴 火伴皆驚惶
同行十二年 不知木蘭是女郎
雄兎脚撲朔 雌兎眼迷離
双兎傍地走 安能辯我是雄雌

 

この『木蘭詩』は、木蘭が父親の代理で出征することを決心する場面から始まり、従軍の準備を終えて父母と別れて「男性」として戦地に赴くところ、戦地から凱旋して破格の昇進話 を辞退する様子、その後、故郷に帰り家族に歓迎されながら「女性」に戻るところが描かれています。

また物語の趣向としては、もちろん少女が男装して戦場に向かうという設定が主眼ですが、更に重要なポイントは、帰郷した木蘭が「女性」だと知った「火伴(戦友)」たちが驚くところにあります。これは最後の兎の雌雄の話(二匹の雄と雌の兎が並んで走っていたら、どちらが雄か雌かは分からない)にもかかってきますが、しかし詩中では木蘭の容姿に関しては具体的な描写はなく、女性を意識した描写は 「當窗理雲鬢 對鏡帖花黄(窓に当たりて雲馨を理め、鏡を挫けて花黄を帖け)=窓の傍で髪を整え、鏡に向かって化粧をした」と述べるに止めています。

更に詩の中では、木蘭の華々しい戦闘描写や彼女が活躍する勇姿は登場せず、むしろ印象的なのは、寂参たる戦場での不安や孤独感に苛まれる一少女の心象風景を描いた様子です。

そして、あえてこの詩の主題を問えば、親孝行の少女が父親に代わって出征して戦場での多くの苦難に堪え忍び、やがて戦功による大きな出世も辞退して家族のもとに帰る、という「孝」の精神を描いたこととなるでしょう。また帰郷する彼女を迎える家族たちの喜びを併せて描きながら、 「家族の絆」の尊さが称賛されているのです。

要するに、戦場で楓爽と闘う男装の少女戦士の姿よりも、両親を案じて家族を想う 「孝」の精神、そして「家族愛」の称揚こそが『木蘭詩』の本来の主題であり、そこに木蘭伝説の原風景があるのです。

当然ながらそこには、国に忠を尽くすべきであるという教訓も含まれてはいるのでしょうが、後年の映画(後述)などで定着した木蘭=愛国主義の体現者敵国の侵略に抗した救国の英雄といった強烈なイメージはありません。

ちなみに、彼女が従軍した戦争は北魏と南侵してきた柔然(5世紀から6世紀にかけてモンゴル高原を支配した遊牧国家)との間で戦われたものとする説が最有力です。そしてその戦いの主戦場は華北一帯とその北側一円であり、黒山とあるのは呼和浩特市の東南にある殺虎山を指し、燕山は現在の蒙古人民共和国にある杭愛山であると思われます。

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