彼女を描いた物語で最も古いテクストとされているものは、陳(中国、南北朝時代の南朝の最後の王朝。557年~589年)代の釈智匠『古今楽録』に収められた古楽府のひとつ『木蘭詩』(木蘭辞とも)とされており、無名氏の作(読み人知らず)による五言古詩です。
その後、唐代には白居易(白楽天)や杜牧の詩にも詠われましたが、11世紀に北宋で編纂された『楽府詩集』25巻橫吹曲辭5の「梁鼓角横吹曲」に、楽府「木蘭詩」二首が収められており、これは南北朝時代の民謡に由来するとされています。その注に「古今樂錄曰 木蘭不知名 浙江西道觀察使兼禦史中丞韋元甫續附入」と、上記『古今楽録』での記載が触れられています。
こうして現代中国では、その成立については南北朝時代とする見解が多く、北朝の国、北貌で誕生したこの作品は、始めの歌詞は鮮卑語だったものが後に南方へと流布する内に、南陵の頃には加筆されて漢語に訳されて、ほぼ現在の様な形になったとされます。
そして木蘭の従軍故事はその後も多く戯曲や小説の題材となりました。戯曲では、明の徐渭が編んだ雑劇『雌木蘭替父従軍』などが広く知られています。また現在の京劇などでは『花木蘭』の題で演じられており、小説では、清代の初め頃の褚人穫の『隋唐演義』(民間の伝承文芸に題材をとった通俗歴史小説。隋の文帝から唐の玄宗までの治世を描く)にも収められています。
ところで木蘭の姓は「花」や「朱」、「木」、「魏」などと諸説がありますが、京劇においては「花」つまり「花木蘭」とされており、他の作品でも多くが姓を「花」としています。
木蘭を描いた近・現代の文芸作品としては、日本軍の占領下にあった上海の中国聯合影片公司、華成制片廠が製作した映画『木蘭従軍』(1939年)があります。
1927年の映画『花木蘭』(天-青年影片公司、監督:李拝借)や1928年にも 映画『木蘭従軍』(民新影片公司、監督:侯曜)がありますが、1939年版のものが抗日要素が明確であり、愛国作品として最も有名。監督はト萬蒼、主演は陳雲裳です。
その後の戦争中にも、幾つかの演劇が公演されていますが、映画は1956年に『花木蘭』(長春電影製片廠、監督:隆国権、張辛実)が公開されたとの記録があります。1964年にも香港のショー・ブラザースの製作で監督が岳楓の『花木蘭』があり、1998年には同じ香港のTVBで『新編花木蘭』 がテレビ・ドラマ化されています。
そして1998年といえば、ウォルト・ディズニーのアニメ映画『Mulan(ムーラン)』が公開されて世界的にムーランの知名度が広まった年でした。
我国では1991年に、田中芳樹さんの木蘭を題材とした小説『風よ、万里を翔けよ』(中央公論社)が出版され、1999年にはこれをコミカライズした秋乃莱荊さんの漫画『風よ、万里を翔けよ』(角川書店)が刊行されました。これらの作品のおかげで、日本でも一気にムーランの物語は多くの人々に知られたのでした。尚、もとむらえりさんにより今年(2016年)4月6日発売の月刊プリンセス5月号(秋田書店)でも漫画化がスタートしました。
その後の映像作品では、2009年に趙薇(ヴィッキー・チャオ)主演、共演に陳坤(チェン・クン)や房祖名(ジェイシー・チャン、ジャッキー・チェンの息子)を迎えて、映画『Mulan(花木蘭)』が作られています。監督は馬楚成(ジングル・マ)が起用されました。
ストーリーは主人公の恋愛模様や、女性であることを隠すことの困難さなどに重きが置かれており、戦闘場面もふんだんで、まさしくエンタメ・アクション大作となっています。
さて、前述の1939年版の映画『木蘭従軍』の影響が大きく、その後の木蘭像は中国への侵略に抵抗するナショナリズムの象徴という性格が極めて強くなりました。
現代の中国(中華人民共和国)では、いくつかの教科書で描かれている木蘭の従軍物語ですが、いずれも、少女ながら「報国男子」として戦場に赴き侵略者たちを退けるという、勇猛果敢な「愛国英雄」として表現されています。
2008年に日本で公演された新編京劇『花木蘭~ムーラン~』においても、ヒロインは敵国の侵攻に対して立ち上がる「国家の英雄」なのです。
現在、中国では楽府『木蘭詩』は愛国主義を体現する古典の代表作とされ、主人公木蘭の「救国英雄」というイメージは一層強く定着しています。
本来の『木蘭詩』に見える「孝」の精神や「家族愛」といったものが薄れてしまっていることは、少し残念ですね。しかし知人の話では、未だに中華民国(台湾)では、木蘭のイメージに親孝行の代名詞の部分が根強く残っているそうです。
やはり親孝行で心優しい少女が意外にも剣や拳法の達人であり、男装して奮闘・活躍する方がファンタジーの主人公にはぴったりですよね・・・。では、また次回の《ファンタジーの玉手箱》シリーズをお楽しみに!!
-終-
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