《ファンタジーの玉手箱》 ナルトもビックリ、本当の“九尾の狐”伝説!! 〈2354JKI40〉

ちなみに狐に関する我国各地に残る昔話においては、狸などと並んで、人間や他の動物に変身・変化するなどして人を化かすことが多い様ですが、稀に助けてくれた人に恩返しをしたりもします。中国では鶏卵が好物とされることが多いのですが、日本では油揚げが好物とされています。

そして、年老いて尾が何本かに分かれて霊的な能力を身に付けた古狐の説話は、東南アジアだけでなく世界中にありましたが、特に中国において進化しやがて我国にも伝えられたのでした。

 

中国・春秋戦国時代から秦・漢の頃(紀元前5世紀~3世紀)にかけて編まれた神話的地理誌『山海経(せんがいきょう)』には実在とは思えぬ動植物が数多く記述されていますが、その中の『南山経』において、青丘之山に「有獸焉 其狀如狐而九尾 其音如嬰兒 能食人 食者不蠱」とあるのが“九尾の狐”に関する最も古い出典とされており、ここでは人を食らう怪物と紹介されています。しかし、その後のある一定の期間では、長寿の狐たちは瑞獣(神聖な獣)として扱われていました。

その後の西晋の時代に山海経に追加された『大荒東経』では、上記の記述に加えて「天下泰平の時代に現れる…」と書かれ、まさしく瑞獣と見做されています。それより少し以前の、後漢時代の『白虎通義』では子孫繁栄の証とされてもいました。唐代の歴史書『周書』や北宋時代の『太平広記』などでも同様に、幸福と平和をもたらす天界の聖獣として記述されています。また我国でも、平安時代中期に編纂された『延喜式』(905年から編纂開始、927年に完成した格式)では神獣・神使とされていました。すなわち、この頃は中国でも日本でも、“九尾の狐”は天界より遣わされた神獣であるとされ、平安な世の中を迎える吉兆であり、人々に幸福をもたらす象徴として描かれています。

しかしその後、歳を重ねて変化した狐を、魔物もしくは憑きものとして扱った伝説・伝承が増えていき、この様な話は世界各地に残されているのですが、“九尾の狐”の物語もその多くは悪しき霊的存在として描かれています。

 

《妖怪“白面金毛九尾の狐”伝説》
数ある中国伝来の怪異物語の中でも、“白面金毛九尾の狐”に関する話ほどその活動地域が広く、出没期間が長い妖怪の伝説はありません。中国・インド・日本の3カ国を股にかけて凡そ2,500年もの長い間、絶世の美女に化けては次々とその国の帝や王を虜にして、この地上を魔界にしようと悪逆非道の限りを尽くした恐ろしい妖狐なのです。

葛飾北斎 作『北斎漫画/殷の妲己』(“九尾の狐”の化身として描かれているもの)

まず最初に現れたのは、紀元前11世紀頃の中国でした。千年の時を経て“九尾の狐”へと変化した妖狐は、殷王朝の最後の王『紂王(ちゅうおう)』(帝辛とも)のもとに、世にも稀なる美貌と淫奔さとを併せ持った毒婦『妲己(だっき)』となって現れたのです。ちなみに、紂王の愛妾であった『寿羊』という女性を食い殺し、その身体を乗っ取ったとの話もあります。

妲己の虜になってしまった紂王は、先ず彼女の要求に応じる為に多くの金銭を必要としたことから、人民に重税を課して大変苦しめました。また豪壮な宮殿(『鹿台(ろくだい)』)を造営し、その庭には名馬や多くの珍しい動物を集めたり、蔵(『鉅橋(きょきょう)』の中には多くの宝物を収め、宮殿の池には酒を満たしその周りに肉をぶら下げて林とし(「酒池肉林」)、淫らな音楽が演奏される中で全裸の男女を侍らせては、毎日の様に妲己と淫楽の世界に耽ったのでした。

また、この様な紂王の行動を戒める者に対しては、「炮烙(ほうらく)」の刑(炭火の上に油を塗った銅柱を渡し、その上を歩かせては滑らせて火中に落とす刑罰)や「蟇盆(たいぼん)」の刑(蛇や毒虫を入れた穴へ投げ込む刑罰)などを課したり、更に妲己の歓心を買う為に残虐非道の限りを尽くしたとされます。

しかしこの様な行いが永く続く訳もなく、『姫発(きはつ)』(後の周の武王)の乱によって殷王朝は滅び、終焉を迎えます。紂王は火中で自殺、妲己は捕らえられて処刑されますが、この時、刑の執行人が妲己の妖しい魅力に惑わされてその首を切り落とすことが出来なかったのです。

その様子を見ていた武王の側近『呂尚(りょしょう)』(太公望とも)は、妲己を妖怪が変化(へんげ)した姿と見破り、「照魔鏡」(降妖鏡とも)をかざすと、妲己はその正体を現して“九尾の狐”となって黒雲を起こしては飛び去ろうとしましたが、呂尚の投げ付けた宝剣が体に突き刺さり、三体に切り裂かれて墜落し息絶えたとされるのです(『事物原始』や『通俗武王軍談』、『絵本三国妖婦伝』など)。

元の頃の『全相平話』の中の「武王伐紂平話」でも、妲己は悪逆な妖狐とされています。また中国の南朝・梁 の時代に成立して、後に日本にも伝わり漢字を学ぶ手本として使われた『千字文』の「周が殷の湯を伐ったこと」に関する注釈でも、妲己は“九尾の狐”であると記しています。

そして明代に成立した、“白面金毛九尾”の悪狐伝説の集大成とも云える『封神演義』の中で、妲己を“九尾狐”の精もしくは“千年狐狸精(せんねんこりせい”)としているのは、殷周革命のベースとなる世界観の現出の為、これらの話を選り合わせてその根本に据えているからなのです。

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