《ゆるカワ絵師列伝》 鍬形蕙斎/北尾政美の巻 〈25JKI37〉

今回の《ゆるカワ絵師列伝》は、鍬形蕙斎/北尾政美の巻です。

この鍬形蕙斎(くわがたけいさい)は、江戸時代中期の人物で、現在ではあまり聞かない名前ですが、葛飾北斎とほぼ同時期に活躍し、同時代人からは大変評価されていた一流の絵師の一人です。

 

【『鳥獣略画式』(1797年)の一部を紹介

 

 

 

 

 

鍬形蕙斎は、明和元年(1764年)に江戸で生まれ、父は畳職人だったと伝わります。当初、北尾重政に師事したことから北尾政美(きたお まさよし)と名乗って浮世絵師として活躍、武者絵や浮絵、花鳥画などを手がけました。

寛政6年(1794年)には津山藩の御用絵師となり、この際に鍬形蕙斎紹真(つぐざね)と改名、寛政9年(1797年)以降には、狩野派の狩野養川院惟信(江戸幕府奥絵師)に学ぶこととなります。狂歌名は麦蕎雄魯智、戯作名には気象天業などがあります。文政7年(1824年)に逝去、享年は61歳でした。

※代表作には、略画の絵手本『略画式』・『鳥獣略画式』・『人物略画式』・『山水略画式』・『魚貝略画式』・『草花略画式』、名所絵の『江戸一目図や『日本一目図』など。肉筆図巻の『近世職人尽絵詞・『東都繁盛図巻』・『黒髪山縁起絵巻』・『吉原十二時絵詞』等も著名ですが、特に軽妙で洒落の効いた略画風の漫画を多数描いたことで評価されました。

 

【『人物略画式』(1799年)の一部を紹介】⇒ 全頁画像

 

 

 

 

 

またこの鍬形蕙斎の作品には大変興味深い逸話があり、それは彼の描いた略画式シリーズとも云える作品集の画風を、あの葛飾北斎が模倣したのではないか? というものです。

一説には、北斎は鍬形蕙斎(北尾政美)の略画式シリーズの作風を真似て、現在でも人気の高い『北斎漫画』を描いたとされているのです。更に同シリーズは、北斎以外の絵師にも多大な影響を与えたとされ、彼の作品を模写したものも数多く確認されているそうです。

しかしこの一連のシリーズは、本来が絵描き指南書の様な、所謂、“手本”・“ポーズ集”といった性格のものであったともされ、そうであれば同書を模写することは当たり前であり、真似て書くことは正当な行為でもあったと考えられます。ましてや著作権意識など無かった当時のことですから、人気の作品を真似ることに関して、特段の問題とはならなかったのでしょう。

※ところが蕙斎は、北斎の行為を苦々しく思って「北斎はとかく人の真似をなす。何でも己が始めたることなし」(『武江年表』)と非難したという逸話も残っているそうですから、北斎の行動は“お手本”としたと云うよりも、蕙斎からみると“盗作”に近い感覚だったのでしょうか。

※『北斎漫画』初編の内で、職人とその仕事ぶりを描いた部分に関しては、蕙斎の作品である寛政7年1795年)の『諸職画鏡』や、同年12月刊行の『略画式』をモチーフとしているとされています。

但しそれでも、(現代人からみると)北斎クラスの達人が参考としたとするならば、鍬形蕙斎の作品の出来に対する当時の絵師たちの評価の高さが解るというものであり、その独特の“ゆるカワ画力も含めた絵師としての筆力は、かなりのハイレベルに達していたと考えて良いと思います。

※鍬形蕙斎は、江戸時代において「北斎嫌いの蕙斎好き」という言葉が語られる程に高く評価された絵師で、現在の私たちの考える北斎と蕙斎の力関係は誤った見方かも知れません。

七福神の略画、『蕙斎略画苑』(1808年)所載

総じて鍬形蕙斎の略画式シリーズは、“略画式”という名前の通りに今で言うスケッチ画の様なシンプルなタッチで描かれたもので、どの被写体も丸みを帯びた柔らかい線で可愛らしく描かれていますが、特に“ゆるカワ”テイストが溢れているもので印象深いのは『鳥獣略画式』と名付けられた画集です。同書は、動物や海の生物、そして昆虫などがシンプルな描線でカワいく書かれた絵手本で、『北斎漫画』に興味・関心がある方には、是非、おススメの作品だと思います。

また『鳥獣略画式』と共に人気の高い作品が『人物略画式という画集で、その内容は、当時の市井の人々のごく日常における様々な行動・姿や所作の様子などを、シンプルな線を用いて巧みに写し撮ったスケッチ画集と言えるでしょう。ちなみに、この画集の中のキャラクターの一部が、現在では LINEのスタンプにも採用されているそうです。

 

多くのユーモラスな人物画が所載されている『人物略画式』等に関しては、現在でも漫画家やイラストレーターなどを目指している方たちにとって参考となる“お手本”である、との声も聞きます。そして200年以上を経ても愛されるその“ゆるカワ”テイストは、実はしっかりとした観察眼に基づいた確かなスケッチ力に支えられたものであり、その技能の確かさ故に、現代においても“お手本”たり得るのだろうと思います。

最後に一言添えるならば、本稿では“ゆるカワ”絵師としてご紹介したこの人 鍬形蕙斎/北尾政美は、タイプの異なる本格的な浮世絵も多数残しており、大変写実的なものや稠密な俯瞰図なども書いています。『神伝路考由』などの戯作もものにしており、即ち、一つの枠に収まらない総合的な天才絵師/芸術家だったと考えられるのです‥‥。

-終-

関連画像へのリンクはこちらから ⇒ 鍬形蕙斎/北尾政美の作品まとめ

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