こうして実存主義哲学の父であり自由の哲学を信奉するサルトルが、ノーベル文学賞を辞退するのは当然のことだったのでしょうが、彼がノーベル賞を拒否したことにより、当時のフランス知識階級の間ではその可否に関して議論が沸き起こりました。もちろんサルトルを支持する者もいれば、反対派の中には「奴は燕尾服の着方を知らないから拒否したんだろう!!」と揶揄した人もいたとされます。
さて、本年度のノーベル賞に関してボブ・ディランは「喜んで受賞する」と回答した(但し10月28日現在、授賞式に出席するかは不明だ)そうですが、皆さんは如何思いますか? そして頑なに拒否したサルトルの態度に何を感じますか?
ボブ・ディランは歌詞に社会性の強いメッセージを込めて発表することで公的な権力の横暴・乱用を批判してきたミュージシャン(たぶん!?)ですから、勝手に権威や権力側によって表彰されて名誉を得ることに抵抗があるのではないだろうか? だから辞退するのでは! 更に、もしかしたら全く無視しちゃうとか!! と多少はその反骨精神に期待していた向きもあったのですが、そして私もその方がカッコ良かったかも知れない、なんて思っている一人なんですけれど。
結果は「賞を受けるかって? もちろんだよ」とのことで、しかも「素晴らしい」と喜んでいるらしいので、今年のノーベル文学賞の受賞結果には、(当初のお驚きと高揚感に反して)何だか不思議と変なガッカリ感だけが残りました、とさ・・・。
-終-
【追記】 余談ですが、ノーベル賞を辞退した(させられた)人は、サルトルの他にも数人います。
ゲルハルト・ドーマク(1895~1964)・・・・・彼はドイツの病理学者で細菌学者です。1939年にプロントジルに化学抗菌作用が存在することを発見したという理由でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。しかしながら、当時のナチス政権によりドイツ人の受賞が禁じられていた為に一旦辞退となりましたが、第二次大戦後の1947年に改めて受賞しています。
ボリス・パステルナーク(1890~1960)・・・・・・彼は世界的に知られた長編小説 『ドクトル・ジバゴ』の作者として有名なロシアの詩人で小説家です。1959年にノーベル文学賞の受賞が決定しましたが(当時、ソ連では反体制を理由に『ドクトル・ジバコ』は出版禁止だった為)、一度受諾後、ソ連共産党の介入やソ連作家同盟の反対などの政治的圧力によって、結局、パステルナークは不本意ながら受賞を辞退したと云います。しかし冷戦終結後の1989年、彼の死後に子息のエヴゲニイ・パステルナークが、亡くなった父親に代わって賞を受け取りました。
レ・ドゥク・ト(1911~1990)・・・・・ベトナムの政治家であった彼は、米国の国務長官であったヘンリー・キッシンジャーと共に1973年にベトナム戦争の終結を決めたパリ協定(停戦とアメリカのベトナムからの撤退)の交渉における尽力を理由として、ノーベル平和賞を受賞します。しかし、レ・ドゥク・トは「まだベトナムの真の平和は得られていない」と述べて賞を辞退しました。
またその他としては、1918年、スウェーデンの詩人エリク・アクセル・カールフェルトはノーベル文学賞に選ばれましたが、スウェーデン・アカデミーの会員であったため受賞を辞退しました。しかし死後の1931年に同賞を追贈されています。
更に、インドの偉大な指導者マハトマ・ガンジーは、1937~1948年にかけて合計5回もノーベル平和賞の候補者となりましたが、いずれも本人が固辞した為、受賞はしていません。そして1948年1月にガンジーは暗殺されてしまいましたが、ノルウェーのノーベル委員会(Den norske Nobelkomite/Nobel Committee)は彼の生前の意思を尊重し、死後も賞を与えないことに決定しました。
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