日本海軍最後の傑作戦闘機『紫電改』とは・・・後編 〈3JKI07〉

さてここからは少しばかり脱線をして、高々度性能を上げる為の各種装置の開発に焦点を当てて話を進めてみよう。先ずは過給器に関してから・・・。ちなみに、過給器(機)とは内燃機関が吸入する空気の圧力を、空気取り入れ口(吸気口)での圧力以上に高める機器の総称で、ある意味、吸気を圧縮して給気することに特化した圧縮機(コンプレッサー、compressor)であると云える。多くの空気を取り込むことで得た多量の酸素で、より高い燃焼エネルギーを獲得することが目的である。高々度の大気中では酸素濃度が極めて薄くなるので、それを補う為にこの装置が必要とされたのだった。

機械式過給器(スーパーチャージャー)は、搭載しているエンジンの出力軸(クランクシャフト)から得た動力で(電気モーターなどを介して)圧縮機を駆動するタイプであり、航空機用では、低・中高度域において過給器を稼働した場合にエンジン出力のロスが大きくならない様に、高々度域と低・中高度域での過給器回転数の大小を選べる二速仕様とした。更に、二つの過給器を組合せて空気の圧縮率を上げる二段式も開発された。また二段式の場合、高熱対策として二つの過給器の間に中間冷却器(インタークーラー)を設置したものもある。

当時、既に連合国側の最新鋭戦闘機は機械式過給器(スーパーチャージャー)を二段式として、内部ギアにて二速に回転数を切り替える方式、つまり二段二速方式を採用しており、更に米国ではその先の技術として、機械式の様に発動機の出力を利用(総合出力が多少なりともロスしてしまう)するのではなく、エンジンの排気圧を利用してインペラー(impeller、この場合は気体の流れを動力に変換する羽根車のこと)を回転させて空気を圧縮する排気タービン式過給器(ターボチャージャー)の採用に移行していた。尚、軍用機(レシプロエンジン搭載機)に関しては機械式過給器(スーパーチャージャー)は第二次世界大戦までで衰退し、その後は排気タービン式過給器(ターボチャージャー)の採用が全盛となった。

ところで、『紫電改』に採用された“誉”発動機では、当初試作された“誉”15試ル型(NK9A)において「フルカン継手」(後述)を用いての二段階変速過給を実現しようとしたが、技術面や材料の入手等が困難であったことから、一旦は一段過給方式にスペックダウンして“誉”10型(NK9B、“誉”10型は陸軍では「ハ45-10」のことで、海軍の爆撃機『銀河』や艦上攻撃機『流星』に積まれた発動機であり“誉”11型と同12型を併せた総称ともされている)として実用化した。

その後の“誉”24ル型(「ハ45-24ル」、NK9K-L)は、“誉”24型に排気タービン式過給器(ターボチャージャー)を追加した型式であり、試製『彩雲改』に搭載されて試験が行われていた。以後、再び二段過給を目指した“誉”40型(再びNK9Aと呼称、「フルカン継手」を使わない二段過給タイプ)の開発にチャレンジしたが結局は完成出来ず、次の“誉”41型(「ハ45-41」、これもNK9A)では過給器を二段三速のものに変更し、強制冷却ファンとインタークーラーを設置したが、この機は試作のみで終わる。そして“誉”52型(「ハ45-52」、NK9L)は、排気タービン式過給器(ターボチャージャー)や燃料直接噴射装置と強制冷却ファンを装備した最強バージョンであったが、もちろん終戦には間に合わなかった。(ここでは過給器関連などの改良とは無関係の“誉”改良バージョンに関しては割愛する)

尚、「フルカン継手」とは流体継手の別名で、ドイツのブレーマー・フルカン造船所で開発されたもの。歯車で動力を伝達するのではなく、流体(オイル)で動力を伝達する継手のこと。この機構を使用すると二段階のものでも1速と2速の間がまるで無段階の様に滑らかに変速が可能であった。

日本軍の戦闘機ではダイムラー・ベンツの液冷式エンジン「DB601」(『メッサーショミットBf109』に搭載)をライセンス生産(国産化)した発動機(陸軍は「ハ40」、海軍では「アツタ」)を積む陸軍戦闘機『飛燕』と海軍の艦上爆撃機・夜間戦闘機『彗星』(当然だがエンジンを空冷化したものは含まれない)だけが「フルカン継手」採用機であった。

ちなみに他の我国エンジンにおいては、“金星”を18気筒化した“誉”のライバルともされる三菱の「ハ43」発動機(海軍の推進式局地戦闘機の試製『閃電』(J4M1)や艦上戦闘機『烈風』(A7M)に搭載予定、『紫電改』でも“誉”から換装する計画があった)が、最初から「排気タービン式過給器(ターボチャージャー)」の装着を前提とした一段過給型のMK9Aと「フルカン継手」式二段過給のMK9Bを並行して計画・検討していたが、最終的にどちらも成功せずに、排気タービン式過給器(ターボチャージャー)を外した状態のMK9Aのみが採用されるという悲惨な結末となった。

他に、我軍の高々度での出力強化装置には「サ号」と呼ばれ、エンジンシリンダー内へ直接酸素を噴射する装置などもあった。この装置の試験時に『疾風』は、最高速度が高度9,000mで50km/h程も増大し上昇力も向上したが、実際に試験飛行を担当した中島飛行機のテストパイロットである吉沢准尉によると、「みるみる速度計の針が上がるのが判ったが、30分も続けるとガタがきてスピードが落ちた。長くやってはいけない」(原文ママ)と語り、即ち作動を30分以上続けると“誉”発動機に何らかのトラブルが発生して操縦者に危険を感じさせる様な未完成品だったと云うことだ。

同じ酸素噴射装置を用いた陸軍双発戦闘機『キ96』(二式複座戦闘機『屠龍(キ45改)』の性能向上型)では、高度10,000mまで16~17分で上昇したという記録があり、相応の効果があったともされ、別の資料には高度10,000mで出力が30%程度増加、吸入圧力でプラス100mm、出力で150馬力上昇したというものもある。

この酸素噴射装置を搭載した海軍の陸上偵察機『二式陸偵』(J1N1-R、長距離偵察に活躍した三座の偵察機で、夜間戦闘機『月光』の原型機)では、高度8,000mで速度が凡そ28km/h程度増速して、高度7,000~8,000mへの上昇時間が7分7秒から3分13秒となった。また昭和18年(1943年)9月13日のテストでは、高度6,500mから8,000mまでの上昇時間が11分48秒から7分57秒に短縮されている。

しかし結局は、そもそも液体酸素の取り扱いの難しさや資源の枯渇から酸素瓶の材質変更(黄銅からアルミへ)が生じたり、急激な起動やスロット閉鎖操作時に酸素供給量が過多に陥るという問題点や、運用面における酸素取扱特修兵の訓練・養成が必要があることなど、様々な課題と不都合があってその実用化はまず困難とされた。

またちなみに、『零戦』で採用された自動混合気調節装置(Automatic mixture control、略称はAMC)は、飛行高度に応じて混合気濃度が適正となるように自動的に調節する装置だが、“誉”発動機用は開発が遅れて装備されていない。点火プラグの改良のところで少し触れたが、『紫電改』では高々度での気化(混合気)分布不良により発動機の筒温過昇を引き起こしたとの事例も報告されており、この点も高々度性能(後述)に関して改良の余地があった部分と考えられる。

〈米国以外の高々度対応の状況〉
さてここで、米国以外の他国の高々度対応の状況について触れてみよう。先ずは英国からだが、“ロールス・ロイス マーリンエンジン”も機械式過給器(スーパーチャージャ-)を装備していたが、マーリンエンジンのシリーズ60は優れたスーパーチャージング技術が適用されており、それに見合った高々度性能を発揮可能なものだった。上記エンジン搭載の『スピットファイア F/LF/HF Mk. IX型』(タイプ 361/378)は、二段二速過給機付きマーリン60シリーズエンジン(68エンジン)と4翅式ロートル・ジャブロ・プロペラの組み合わせで大いに成功した機体であった。

しかし後方視界確保の為の背面の設計変更は乱流の増加による速度低下をもたらし、その対策としてリベットをパテで埋め、機体表面を磨きあげる仕上げを採用した。また極少数の『Mk.IX』では、速度を向上させる為に塗装を剥離して機体を平滑化したモデルが用意されたりもしている。

だが『スピットファイア』は、ライバルの独軍『メッサーシュミットBf109』と同じく、主脚の引き込み方式に由来する地上での安定性の不足、そして航続距離の短さという欠陥を抱えていた。防空戦闘機として英本土周辺で活動する際には航続距離の短さはさして問題とはならなかったものの、ドイツ本土上空に進攻する爆撃機隊の護衛戦闘機としては致命的であった。ドイツ・フランス上空が主戦場となった戦争の後半において、高々度での制空任務を務めたのは長距離飛行が可能で、同じマーリン製のエンジンを搭載した米国製の『マスタング』(『P51』は米軍での呼称、速度や航続力に優れた各種の性能バランスが高い第二次世界大戦における名戦闘機で太平洋戦線では『紫電改』のライバル機)であった。

ドイツ空軍の高々度戦闘機『Ta152 H-1』

続いてドイツ軍だが、『フォッケウルフ Fw190』に液冷式エンジンを搭載して高々度性能を改善させた『Fw190D-9』を、更にに発展させたより本格的な高々度戦闘機が『フォッケウルフ Ta152』である。(機種名の『Ta』は開発者のクルト・タンクに由来)

そして量産機『Ta152 H-1』では二段三速過給器を装備した「Jumo213E」エンジン(離昇出力1,730または1,750馬力、または2,230馬力)を装備し、これは当初モデルの過給器が一段二速だったものを二段三速と改めて更に高々度性能の改善を図ったもので、離昇出力は1,750馬力のままだが、高度9,800mにおいての出力は1,020馬力から1,420馬力へと大きく向上している。

また二種の出力増強装置を装備し、水メタノール噴射による出力増強装置「MW50」用タンクは70リットルの容量があり、それは飛行時間28分に相当する水エタノール量であった。またこの「MW50」を使用した場合は高度12,500mで765km/hを発揮可能であるとされた。次いで「GM-1」と呼ばれた出力増加装置用の亜酸化窒素(内燃機関のブースト用や化学ロケットエンジンの燃料・推進剤として使われる)は飛行時間60秒ないし150秒分を搭載、使用時にはエンジン出力は410馬力ほど向上、または85リットルを搭載して高度8,000~9,000mで200馬力の出力向上を得たとされる。

しかし現実には、「Jumo213E」エンジンの二段三速過給器は不調が多く、「MW50」も「GM-1」も実際には使用されることは無かったとされる。

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