それでは、収録の各曲を順に紹介していこう。
1. Full House
冒頭(収録1曲目)を飾るのは、タイトル・チューンでウェスのオリジナル曲”フルハウス(Full House)” だ。実にウェスらしいメロディ・ラインを持つワルツ調の楽曲である。ソロのオーダーは、ウェス ~ グリフィン ~ ケリーの順番。
この楽曲はシンプルなリフ構成であるが、様々なセッションでよく演奏される名曲だ。イントロからテーマまではウェスのギターとグリフィンのテナーサックスのユニゾンで演奏されているが、その後のソロの先発はウェスから。やはりピックよりソフトな音色が特徴の指弾きだが、ホーン・ライクな演奏から次第にギター的なアドリブで盛り上げていき、短いリフを間に挟んだ後に、伝家の宝刀・オクターブ奏法が炸裂する。
続いては「リトル・ジャイアント」と謳われたジョニー・グリフィンのソロだが、非常に情熱的で力強い仕上がりとなっている。「出た、馬の嘶き!」と叫びながら聴いていても、その不協和音一歩手前の絶妙なテンションとシンコペーションの妙に感動。この曲の彼は、緩急の付け方が抜群でリズム乗りも良い。
最後はケリーの順番で、そのピアノはしみじみとした趣を漂わせながらブロック・コードでソロの最後を締めくくる。ウェスやグリフィンのソロパートに比べると甘さ(柔らかさ)が目立つが、最後まで密度の高いパフォーマンスとなっている。
改めてこの曲で感じることは、やはりグリフィンが加わることでパワフルでエキサイティングな印象が増大しているが、その反面、リズム・セクションの余裕の底力からか、気負いなくリラックスした雰囲気も感じられる素晴らしい演奏である。
ちなみにこの曲のタイトルの由来は、ポーカーの手役である「フル・ハウス」をもじったことから、つまりウェスとグリフィンがペア(2枚組)でリズム・セキションの3人がスリー・カード(3枚組)であることに引っ掛けられたという説と、この日の店(ハウス)が超満員(フル)だったから、もしくは満員のライブハウスが熱狂する姿を表したという説があるが、現在は後説が有力とされている。実際にも、地元新聞の事前報道や口コミにより、店が面していた通りの端の曲がり角まで観客の長蛇の列が出来ていたという話が残っている。
2. I’ve Grown Accustomed to Her Face
2曲目は、“アイヴ・グロウン・アカスタムド・トゥ・ハー・フェイス(I’ve Grown Accustomed to Her Face)”で、アラン・ジェイ・ラーナー(Alan Jay Lerner)とフレドリック・ロウ(Frederick Loewe)が1956年に作曲したナンバーで、ミュージカル『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』の中の挿入歌であり、邦題「あたなの面影」としてお馴染みの楽曲。
この曲ではグリフィンとケリーが休んで、ウェスのギターにベースのポール・チェンバースとドラムスのジミー・コブが絡んでいくというシンプルな構成で、なかなか味わい深いバラードとなっている。またベースとドラムスのバックだけで演奏される楽曲であるが故に、ウエスの腕の見せ所でもあり、彼は切ないバラードを情感たっぷりに歌い上げているのだ。
しかしウェスはこの美しい旋律を持った楽曲を、決して必要以上の華美さでゴージャスに奏でることはせずに、見事なまでなスムースなコード・ワークによって敢えて淡々と演奏することで、逆に聴く者の心の琴線に働きかけている。
シングルトーンによる美しいソロ部分では、ウェスのギターの音色が(普段のどちらかといえばダーティなタフさとは異なり)ビロードのような艶めかしい響きを持っていて、そこには一音一音大切に弾かれて生み出されているかの様なデリケートさが際立っている。
ジミー・コブによる、スネアを擦るようなブラシワークも高評価。そして最後は、彼の短いドラムソロを挟んでテーマへと戻り終わる。
3. Blue’n Boogie
3曲目は、ディジー・ガレスピー(Dizzy Gillespie)の有名なオリジナル曲“ブルーン・ブギ(Blue’n Boogie)”である。皆の熱気に充ちたプレイが素晴らしく、極めてノリの良い演奏だ。
いかにもビ・バップと云った感じの軽快なテンポで小気味の好いリフ曲だが、ギターとテナー、そしてピアノの白熱したソロが楽しめる。ウェス、グリフィン、ケリーの3人のユニゾンでのテーマ合奏の後、まずウェスのソロから。
演奏の流れとしては、シングル・トーンからリフのたたみ掛けを経てオクターブ奏法が冴えわたるという何時ものウェスの常道だが、素早く音階を上下に移動しながらの得意のグリッサンドなどを交えて奏でる演奏は、彼・特有のグルーブ感を醸し出している。そして(楽々と)超絶テクニックを駆使しての、流麗な音の繋がりが大変素晴らしい!
その後のケリーのソロは、少し硬質な感じ(筆者には、何故かテイタムと重なる)ながら指走りも快調で、その後のグリフィンへのバトンタッチは聴く者に劇的な印象を与える。
そしてこのアルバムの中で、ジョニー・グリフィンのベスト・ワークを選ぶなら、この曲のソロ部分であろう。上下に音飛びしながら、「クーッ!」・「キューン!」と嘶くブロウは、渾身の快演である。ワイルドで且つ繊細、破綻を来すかと思われる寸前で調和のとれた演奏へと戻るあたりのバランスが見事であり、客席からの歓声もひときわ高く挙がるが、実はこの時のケリーのバッキングもなかなか良いのだ。
ここで更に素晴らしいのが、ドラムスのジミー・コブの演奏。グリフィンのソロのバックで、ほとんどハイテンポの連打状態を続けて熱気に充ちたプレイで場を盛り上げている。
その後にギターvs.ドラムとテナーvs.ドラムのフォーバースの繰り返しに入り、次いでピアノvs.ドラムで再びフォーバース交換をしているが、注意して聴いていると名手・ウイントン・ケリーがフォーバースの出を間違えるところが判って微笑ましい。
4. Cariba
4曲目のナンバーである”キャリバ(Cariba)“ はウェスのオリジナルで、ノリのいいラテン調の明るい楽曲だ。
珍しく先発ソロはポール・チェンバースから。この時の演奏に関してはいつもに増して地味(力強さが足りない)との評価もある様だが、彼は常に堅実なベース・ワークで高水準を維持するミュージシャンである。だが、この日は相当に酔っていて、いまいち元気が無かったとの証言もある様だ。(但し、筆者には単純に音量が小さいだけにも思えるが‥)
次発・ケリーのソロはとてもスインギーであり相変わらずカッコイイ。その指先は転がる様なタッチを示し、得意の三連を連発しながら楽しげな曲想でガンガン弾きまくる。
続くグリフィンも、同じフレーズをたたみ掛けたり、速吹きで「キュン・キュン」と音を引っ張り吹き上げる様なダイナミックな奏法で、まさしくやりたい放題、活き活きとしている。
またこの曲でのウェスは、その超絶技巧は当然乍ら、特にソロパートでの演出が素晴らしい。シングルトーンから流れる様なグリッサンドを多用したオクターブ奏法へとコーラス毎にじわりじわりと盛り上げ、最終的にダイナミックなエンディングに引き込むあたりは流石の構成力で凄い!! と云えるだろう。そして、ソロ後半のケリーとの絡みがスインギーでノリノリでもある。
そしてコブも絶好調、ラテンのリズムでグイグイと皆を引っ張っていくのだった。
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