【ミステリのトリック】《法律篇》 一事不再理 〈89JKI35〉

本記事を初回として、今後数回に分けてミステリ作品によく登場する犯罪トリックに使われるネタ話を紹介しようと思う。では早速、法律篇として『一事不再理(いちじふさいり)』について触れたい‥。

 

『一事不再理』とは、ある刑事事件の裁判において確定した判決が存在する場合には、その事件について再度の公訴提起・実体審理をすることは許されないとする法律上の原則のことである。

その根拠は(我国においては)日本国憲法の第39条とされ、また刑事訴訟法の第337条や第338条、そして第340条等により具体的な例が記述されている。但し、この『一事不再理』とは、一旦、我国(日本)の刑事手続に付されたものが再び国内の刑事手続には付されないということであり、国外において処罰された行為についてこれを日本で再度処罰することは妨げないとしている点に留意(異説・反論もあり)。また、判例の変更による遡及処罰についても我国の最高裁判所は肯定している

※日本国憲法 第39条は、日本国憲法の第3章にある条文で、『事後法・『遡及処罰の禁止や『一事不再理について規定している。「第三十九条:何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。(日本国憲法より)」

※刑事訴訟法 第337条(免訴の判決):左の場合には、判決で免訴の言渡をしなければならない。・確定判決を経たとき(「二重の危険」を避けることが理由)、・犯罪後の法令により刑が廃止されたとき、・大赦があったとき、・時効が完成したとき。

刑事訴訟法 第338条(公訴棄却の判決):左の場合には、判決で公訴を棄却しなければならない。・被告人に対して裁判権を有しないとき、・第340条の規定に違反して公訴が提起されたとき、・公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき、・公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき。

刑事訴訟法 第340条(公訴取消し後の再起訴):公訴の取消による公訴棄却の決定が確定したときは、公訴の取消後犯罪事実につきあらたに重要な証拠を発見した場合に限り、同一事件について更に公訴を提起することができる。

※免訴(めんそ)とは、我国の刑事裁判において、公訴権の消滅を理由として有罪もしくは無罪の判断を行わずに裁判を打ち切ること、またはその旨の判決を裁判所が申し渡すことである。

 

この『一事不再理の原則は検挙されても重い罪で処罰されない方法の一つとして、多くのミステリ小説やドラマ・映画などにも頻繁に登場している犯罪トリックの法的ネタである。殺人犯に関して云えば、一度判決が無罪やより軽い刑罰で確定すれば、後で殺人の真犯人だと判っても、改めて同一事件では殺人罪などの重い刑罰には問われないのだ。

『一事不再理』をベースとした作品でよくあるパターンが、一旦「過失致死罪」等で有罪判決を受けておき、後に実は殺人罪に値する犯罪を犯していたと判明(もしくは犯人が告白)するが、一度判決が確定したら同じ行為については再度訴追を受けることがないので、この犯人は永久に(当該の事件に関しての)殺人罪の適用から免れるというもの。物語の中では、殺人犯などが軽い量刑での判決確定を狙う場合が多いが、無罪を獲得する例もある。

ミステリ作品の中では集団自殺や交通事故に見せ掛けた殺人事件というパターンが多く、例えば自損事故で同乗者を殺してしまうというストーリー等がよく登場するが、殺人の故意を実証・認定することが極めて困難なことから「過失致死罪」等で有罪判決を受ける可能性が高く、その場合、真犯人は殺人罪から逃げ切れるケースが数多い。即ち、『一事不再理』以前に(現実の裁判でも)故意と過失の線引きは難しいとされているのだ‥‥。

因みに『一事不再理』を取り入れたミステリ作品は、大概は弁護士などが犯人に騙されて無罪または軽度の判決を得る為に法廷で奮闘するが、最後にちょっとしたどんでん返しが用意されている、というものが多数派である。例えば(古い作品で恐縮だが)、アガサ・クリスティの短編『検察側の証人』などは、この原則を利用して殺人罪から夫を助けた妻と真犯人である夫の末路が描かれている名作。ただこの場合、冷静に考えれば勘違い妻の身勝手な偽証行為のような気もするが‥‥。

一方、我国随一のミステリ作家である松本清張の『一年半待て』も、この『一事不再理』の原則を扱った佳作だが、長年に渡りTVドラマ化も幾度となくされている。但し、騙された弁護士側に焦点を当てたものと、夫を殺した薄幸の女にウエイトを置いたバージョンに分かれる様で、この立ち位置の違いにより作品の味わいも異なっている様に思う‥‥。

また中には探偵役が判決が確定する前にその狙いを見破り、犯人の盲点を突いて正しい判決を引き出す、といった物語もある様だが、最近のTVドラマなどでは、長期間に渡る連続殺人事件において判決が確定している(または別のトリック・ネタとしての『時効成立』した)過去の事件では罪に問えないが、新たな事件において殺人罪で訴追に持ち込むものが多い。このパターンでは、ほぼ必ず最後に犯人はかつての犯行を自白して(稀に死亡したり)逮捕されるのだ。

-終-

 

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