【ミリタリーこぼれ話】“街道上の怪物”、その名は“KV-2”。 〈3JKI07〉

実録 “街道上の怪物”の戦い

放棄されたKV-2を調べる独軍兵

さて“街道上の怪物”と言われた戦いは、1941年6月24日にリトアニアのラセイニャイ市の近郊で始まった。

独ソ戦(6月22日に開戦)の緒戦、ソ連領内に侵攻した独軍第41自動車化軍団所属の第6装甲師団はリトアニアの都市ラセイニャイを占領し、更に前進する為にドゥビーサ川に橋頭堡を築く目的で前衛部隊としてラウス戦闘団を先行させた。

しかし6月24日になると反撃に出たソ連軍との間で激戦が繰り広げられたが、この戦闘は独軍優勢の内に終わる。非力なチェコ製の35(t)(LT-35)戦車を主力とする第6装甲師団だったが、KV-1及び KV-2で武装したソ連軍戦車師団の攻勢を食い止めた上、日暮れまでには彼らを攻勢発起点まで押し戻している。

この時の独軍第6装甲師団は戦車の数や威力では劣っていたものの、その代わり強力な砲兵部隊を有しており、更に88mm高射砲の活用やネーベルヴェルファー( Nebelwerfer)の支援を受けることが出来た。また同師団がソ連軍第2戦車師団よりも多くの優秀な歩兵戦力を擁していた事も、勇戦の原動力となった。

※1941年6月22日に開始されたバルバロッサ作戦当初の独軍戦闘序列では、第6装甲師団はレニングラード攻略を目指す北方軍集団の第4装甲集団(後の第4装甲軍)麾下の第41自動車化軍団に所属し、同軍団には第1装甲師団や第36自動車化歩兵師団、第269歩兵師団などが配属されていた。

進撃中の35(t)(LT-35)戦車

※チェコ製の35(t)(LT-35)戦車(独軍制式名称 Pz.Kpfw.35(t))とは、チェコスロバキアのシュコダ社が開発・製作した重量10.5tの軽戦車 LTvz.35のことである。1938年以降のドイツのチェコ併合により、その多くが独軍に接収された。1941年6月22日に始まったソ連侵攻(バルバロッサ作戦)では、149輌の35(t)戦車(内11輌は指揮戦車)が第6装甲師団に配備されたが、開戦早々にKV-1やKV-2と戦うことになるが全く太刀打ち出来ず、瞬く間に40輌を失った。その後、T-34と遭遇して手も足も出ずに損害を重ね、1941年12月10日までに全車損耗・喪失した。主砲は3.7cm(37.2mm) A-3、車体前面装甲25mm、側面15mm(一部16mm)である。

※独軍第41自動車化軍団所属の第1装甲師団と第6装甲師団は、ソ連軍第12機械化軍団及び第3機械化軍団の第2戦車師団から攻撃を受けたのだが、当該の KV-2はまさにこの師団の所属車両であった。当時、この第2戦車師団が保有していたのは、合計30両の KV-1と KV-2 、BT-7が約220両、それにT-26が数十両であった。

※ネーベルヴェルファー( Nebelwerfer)とは、第二次世界大戦中に独軍が使用した多連装ロケット砲のこと。主に東部戦線に配備されて各戦線で威力を発揮した。1発当たりの命中率は低いが、制圧射撃用としては最適であった。

 

ところがソ連軍の第2戦車師団に所属するたった1輛のKV-2が、同日(24日)の正午頃に左翼へ回りこみ、ラウス戦闘団の背後に現れると、独軍前衛部隊と第6装甲師団主力のゼッケンドルフ戦闘団ほかの諸部隊を結ぶ街道上の分岐点に居座って橋頭堡に向かう増援部隊のトラック12台を撃破したのである。

そこで独軍は、このままでは第6装甲師団主力は前衛の部隊と連携が出来なくなり、前衛部隊が必要な補給を受けることも困難となると判断し、早速、この KV-2の排除に着手、5cm PaK 38 対戦車砲を保有する対戦車砲中隊を配置し、当該のKV-2に砲撃を開始した。

しかし、ある程度の貫通力を備えているはずの5cm PaK 38 対戦車砲の射撃は、KV-2の重装甲の前に全て跳ね返されてしまい、逆に KV-2の152mm榴弾砲の威力により、独軍対戦車砲部隊はあっさりと蹴散らされてしまう。

射撃中の独軍 5cm(50mm)対戦車砲

※5cm PaK 38(50mm対戦車砲)は、第二次世界大戦中に独軍が運用した口径5cm(50mm)の対戦車砲である。3.7cm(37mm) PaK 36の後継砲として1941年4月~5月のバルカン戦線で初めて実戦投入されたが、対ソ戦が始まるとソ連軍のT-34やKV戦車に対しては苦戦を強いられ、大戦中後期以降の一線級部隊ではより強力な7.5cm(75mm) PaK 40へと順次更新される形で姿を消していった。

こうして2門の5cm(50mm)対戦車砲を破壊された独軍側は、対戦車戦闘の切り札、例の8.8cm FlaK 18 高射砲(88mm高射砲)での撃破を試みる。しかし KV-2は88mmの動きを察知して、高射砲の設営中に152mm砲を叩き込んでその無力化に成功してしまう。独軍第6装甲師団主力とその前衛部隊との間に立ち塞がったソ連軍重戦車は、たった1輛でこの方面の独軍の前進を食い止めることに成功したのだった。

射撃準備中の独軍 88mm高射砲

8.8cm FlaK 18/36/37(88mm高射砲)、通称“アハト・アハト(8-8)”は、本来の対空戦闘任務以上に対戦車戦闘や対陣地攻撃に威力を発揮した独軍の著名な高射砲である。この砲を単純に搭載した自走砲だけではなく、同砲戦車砲に改造した(ティーガーⅠ型などの)重戦車も開発されて、大戦中期以降において大いに活躍した。また大戦初頭の西方電撃戦の“アラスの戦い”で、ロンメル少将(当時)が同砲を対戦車砲として活用した話は有名であり、ロンメルはその後の砂漠の戦いでもこの砲を多用して英軍戦車を多数撃破した。

そこで独軍は、夜陰にまぎれて戦闘工兵を件の KV-2へと肉薄させて爆薬攻撃を実施したが、この時に仕掛けた爆薬は通常使用する量よりも2倍近く多かったという説もある。そしてこの攻撃により KV-2は履帯を破壊されて行動不能となったが、装甲の一部は破損したものの砲塔周りは無傷であり、その驚異的な火力を維持したままで、完全な撃破には至らなかった。

翌朝になって独軍は、再びこの怪物を撃破する為に行動を開始、35トン戦車が囮として動き回って KV-2の注意を惹きつけておき、その間に“アハト=アハト(88)”こと 88mm高射砲の射撃準備に取り掛かった。

破壊されて放置されたKV-2

今度こそ88mm高射砲の配置に成功した独軍は水平射撃を敢行、6発(12発とも)を KV-2に直撃させたが、それでも貫通した砲弾は2発のみで、4発は貫通に至らなかったと云う。しかも2発の貫通弾を受けた後でも KV-2の砲塔は動いており(即ち、ソ連軍乗員の生存が推測され)、その強力な主砲は独軍部隊に向けて狙いを定めた様子であった。

この様に未だ行動を続ける KV-2に対して、再び独軍の戦闘工兵が接近して88mm弾が貫通した破孔から投げ入れた数発の手榴弾が止めとなって、独軍第6装甲師団の進撃を2日間も押し止めた“街道上の怪物” KV-2は、ようやくにして活動を停止して、完全に沈黙したのだった。

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