そして、アムステルダム警察のファン・デル・ファルク(Van der Valk)警部(後に主任警部から警視)を主人公とした『雨の国の王者(The King of the Rainy)』がフリーリングの代表作であり、1967年のMWA(エドガー)賞 受賞作です。
その内容は、失踪した大富豪ジャン・クロードの行方を追いかけるファン・デル・ファルクがただ一人、独力で欧州(ドイツ、オーストリア、フランス)中を駆け巡る物語で、どことなくシムノン(Simenon)のメグレ警視(Commissaire Maigret)シリーズに近い雰囲気を持ちますが、あれほどの渋さや重厚感までは感じません(メグレものが好きだった私は、当初、その点からこの作品を読み進めたとも云えますが‥‥)。
私がこの本を初めて手に取ったのは中学生の半ば頃ですが、何とはなしに冒頭の描写に魅かれたことをよく覚えています。結末から始まるそのストーリーが独特の印象を抱かせました。そして常に悩み惑う主人公の立ち居振る舞いも、オランダ・アムステルダムの街の雲が暗く立ち込めた空の様な地味で寒々しい描写も、ファン・デル・ファルクの性格にピッタリだと思いました。
更に、題名の『雨の国の王者』とは、ジャン・クロードが書き写して自宅に残して行ったというボードレールの詩集『悪の華』の中の“憂愁”という詩の一部なのですが‥‥。尚、本書は、組織力で捜査を進めていく王道の警察小説ではなく、むしろ個人に焦点を合わせた作風で、地味で落ち着いた表現を用いて主人公の言動を描きながらも、ドタバタ感も持ち合わせた「自己中的な私立探偵小説」?? に近いとも感じます。
但し、本作はシリーズの中では異色作とも云えるので、同じシリーズの『バターより銃(Gun Before Butter)』(1963年のCWA 最優秀長編賞ノミネート作品/1965年のフランス推理小説大賞 翻訳作品部門賞)を合わせて読めば、主人公ファン・デル・ファルクの人となりをよりよく理解できるだろうと思います。更に早川のポケミスに同シリーズの『アムステルダムの恋(Love in Amsterdam)』や『猫たちの夜(Because of the Cats)』などがありますが、現状では簡単には入手出来ないかも知れません‥‥。
さてその後、フリーリングは1972年の同シリーズの10作目『A Long Silence』(未訳)でファン・デル・ファルクの死を描いており、以降、自身はオランダからフランス/ストラスブールへと移住、ファン・デル・ファルクの妻で未亡人のアルレット(Arlette)が探偵役として登場する数作、そしてフランス人のアンリ・カスタン(Henri Castang)警部シリーズを16作にわたり発表していますが、残念ながらこれらのシリーズの邦訳はないと思います。
-終-