数日前に、東京・八王子や多摩地区で30万世帯に及ぶ停電がありましたが、ご紹介する福田和代の『TOKYO BLACKOUT』は、東京が大停電に見舞われるパニック小説です。2008年の旧作ですが、3.11東日本大震災の前に、電力エネルギー網を舞台に、これだけのスリリングなストーリーをものにしている作者の力量と先見の明はたいしたものです。
未曾有の大停電が東京を襲う!!
ある夏、震災の影響によって保有の原子力発電所が稼働停止して、隣接の東北や関西の電力会社からの電力の提供によって綱渡り状態を続けている東都電力。そんな8月24日の午後4時、熊谷支社の鉄塔保守要員が殺害されます。その日の午後7時には、信濃電力幹線の鉄塔が爆破されます。同日午後9時、今度は東北連系線の鉄塔にヘリが激突し塔が倒壊。更に鹿島火力発電所と新佐原間の鉄塔も破壊されました。しかしこれは、真夏の東京が遭遇したまさに大停電=暗闇という悪夢の始まりでした・・・。
電力需要量が増加する翌日の日中には電力が更に不足することは必至で、このままでは首都圏全域が一斉に停電するブラックアウトが起きてしまいます。焦った東都電力は輪番停電を計画します。最近導入された新集中制御システムを使用すれば、この輪番停電を容易にコントロール出来るハズでした。しかし、新集中制御システムにトラブルが発生し事態は一層悪化してしまいます。
また、犯行声明や具体的な脅迫も無く、その意図や正体が不明の電力テロ犯に対して警察の捜査は遅々として進んでいませんでした。その頃、東都電力では現場の担当者たちが不眠不休で停電の回避作業に従事していましたが・・・。
『TOKYO BLACKOUT』とは
深刻な電力トラブルに必死に立ち向かう電力会社の社員や目的達成のため暗躍するテロ犯人のグループを追う警察官、そして未曾有の大停電に対する市井の人々の姿を鮮やかに描き出した作品で、福田和代の初期の名作、電力パニック・ノヴェルです!!
首都圏に電力を供給する電力線がテロで寸断され、大都市東京が次々に停電に見舞われるストーリーですが、本作では、詳細な電力会社の業務の描写や精密で専門的な停電に関するシミュレーションが描かれています。驚かされるのはその設定と序盤の展開であり、まさに東日本大震災後の電力不足とパニックを予見しているかのようです。本作が出版されたのは震災以前なので、未来の危機を予想する、この物語にはビックリしました。
作者は電力会社の業務内容を詳しく取材した模様で、停電への対応が非常に生々しく描かれています。また、官公庁・企業・病院・鉄道会社等の各機関・組織の停電への対応も丹念に書き込まれています。
読後の評価と感想(ネタバレ注意)
序盤のテンポある展開は、ストーリーの進行が早くスピーディでドキドキ感もあり、一気に読めました。テロリストの鉄塔爆破により東北・関西からの電力供給がストップ。東都電力は輪番停電によって、この危機を乗り切ろうとしますが、新たに導入された集中制御システムに仕掛けられたバグによって連鎖的に停電に陥ってしまう、という序盤の大停電発生までは非常にスリリングで面白い小説です。
ところが、中盤から話の筋が拡散し過ぎて登場人物に感情移入出来なくなります。中途半端なエピソードの積み重ねや無駄に登場する者の数が多いこともその原因でしょう。そしてなにより、この作品に足りないのは確固たるヒーローの存在です。電力テロ犯のグループを相手どり、幾多の困難を乗り越え事件を解決する人物が出てきません。東都電力の千早や刑事の周防、この二人が主人公でヒーローかというと、結局はそうでもないのです。
犯人たちのキャラクター造型にも説得力と工夫が足りません。犯行の動機が作中の理由だけでは、彼らがこの様な犯罪に手を染めるのだろうか? ということについてのリアリティが少ないようです。
エピソードを絞り込んだタフなヒーロー像と犯人の動機の明確化によって、随分と読後感は変わったでしょう。つまり、せっかくスケールの大きな題材を舞台としたのだから、大規模停電を狙う電力テロ犯と戦う男たちの姿をもっと骨太に描ききれば、数年に一作の素晴らしいパニック・クライシス小説となったと思います。特に実際の大震災とその後の電力パニックを知る我々にとっては、現実と虚構の境目がぴったりと融合している、このリアルさは大変な恐怖ですから・・・。
しかし、原作としてTVドラマや映画などの映像化には間違いなく向いているし、前述の様に、そのテーマはドキリとさせられる程、現実世界の恐怖に隣接しています。このことだけでも一読の価値はありますネ。何と言っても、この小説が発表された2008年当時は、災害による原発の稼働停止などを心配する人はほとんどいなかったし、それ以上に誰も「輪番停電」なんて言葉さえ知らなかったのですから・・・。
作者の福田和代について
1967年兵庫県神戸市生まれ、神戸大学工学部卒。2007年、関西国際空港を舞台にハイジャック犯と警察との攻防をリアルに描いた長編作品『ヴィズ・ゼロ』でデビューし、高い取材力とリーダビリティが評価されました。
他の著作に『黒と赤の潮流』(早川書房)、『迎撃せよ』(角川書店)、『タワーリング』(新潮社)、『怪物』(集英社)、『リブート!』(双葉社)などがあります。
-終-
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