行政改革の手法の一つに、業務を民間に委託して経費を削減するPPP(Public Private Partnership:官民連携)という方法があります。米国での導入例が多いのですが、その極端な例として、米国ジョージア州のサンディスプリングス市(City of Sandy Springs)を紹介します。
行政改革の具体的な手法には、規制緩和や民営化の促進、緊縮財政(歳出削減・増税)の実施などがあります。その中でも民営化に関しては、我が国などではまだまだ限界がありますが、米国の事例には極端に先鋭的なものがあります。すなわち、行政組織の民営化という、自治体そのものの民営化が既に行われているのです。
独立する富裕層 税に対する不満
サンディスプリングス市(Sandy Springs「砂の泉」)はジョージア州の州都であるアトランタ市の郊外にあり、2005年にフルトン郡(Fulton County)から独立した新しい都市です。夜間人口は9万4千人程度ですが、昼間人口は倍の20万人近くになります。また、米国のFortune500に選ばれているUPSなどの有力企業が本社等の拠点を設置してもいます。
ハリケーン・カトリーナが襲来した2005年夏に、サンディスプリングス市は住民投票を行った結果、94%もの賛成票を得て新しく市を郡から独立させることになりました。この地区の住民は医師や弁護士、会社経営者などで、大変裕福な住民が多数を占めています。その豊かな住民たちには、長年、税金の使われ方や行政サービスのアンバランスな提供に関して不満が高まっていました。
彼らが納めている税金の多くが、アフリカ系米国人などが多数住んでいる郡内の他の低所得者層の居住地域の学校や警察などに使われていることに大きな不満があったのです。そして、この地区に住む富裕層は、低所得者たちを切り捨てる判断を下したのでした。
つまり、高額の納税でフルトン郡全域の財政状況を支えていたのはサンディスプリングス地区の高額納税者なのに、例えば事件・事故や火災が起きても警官や消防車はなかなか来ないし、道路などの公共インフラの整備・補修も滞っていました。特に問題だったのが警察の体制です。 限られた警官が貧困層が多い治安の悪い地区に優先的に配置され、富裕層の多く住む地区の治安維持はおざなりにされていると感じられていました。
また、なぜ2005年にこの決断が行われたのかは、ハリケーン・カトリーナのような大きな自然災害をきっかけとしながらも、共和党が州議会の両院で与党となって自治体設立に必要な住民投票の実施を認可したからでした。
しかし、いきなり地方自治体を構築することは簡単ではありません。また住民投票の結果、市の独立が決まってから実際に独自に行政の業務を行うまでには、わずか6ヶ月しかありませんでした。
そこで、独立が決まった後、短期間で行政の機能を整備する為に民間企業に対して競争入札を行い、市の運営や管理業務を委託する最も低コストで高サービスの入札企業を選ぶことにしました。
入札の結果は、大手の建設会社であるCH2M Hill社が、初年度2,700万ドルの費用でこの新たな自治体の運営を引き受けるというものとなり、住民たちはこの会社に市の運営を委託することにしました。
こうしてサンディスプリングス市では、単に行政の実施する公共サービスが民間に委託されただけでなく、統治という本来国家が担う機能そのものが民間に委託されたのです。
サンディスプリングス市の成立
サンディスプリングス市はCH2M Hill社と契約を結び、その後の5年半、同社が警察と消防の業務を除くすべての行政サービスの提供を担当しました。
多くの公務員を雇用せずにCH2M Hill社に業務を委託した結果、数百万ドルのコストが節約できたそうです。また当初は、警察と消防の業務はフルトン郡と契約して依頼していましたが、不備が多くあり2006年7月には警察本部を、そして同年12月には消防局を、サンディスプリングス市として別途、公務員の職員を雇って改めて設立しました。そして、この警察と消防の業務については、住民のアンケートでも充分以上の満足が得られているようです。
最初の頃、CH2M Hill社との契約には業績評価の仕組みがなかったようです。市では以後、業績の測定・評価の基準や仕組みを制定してきました。2010年から2011年の業務委託制度の改正に際して、すべての委託業務に関して測定・評価の仕組みが導入され、これを反映する契約を委託先民間企業と締結しています。
以降、サンディスプリングス市は、行財政の管理を効率化するために委託方針の見直しを実施して、競争入札によって5つの会社を選び、新たに区分けした7つの行政サービスを別々の企業に委託しました。CH2M Hill社は現在でもコールセンター機能を分担していますが、他のサービスは別の企業に委託されました。この方針の変更により年間支出が更に700万ドルほど削減できたとのことです。
これらの成功を聞いて、全米からサンディスプリングス市への富裕層の転入が増え、人口の増加が進んでいます。 また、設立と運営のノウハウを知りたいという、全米各地から視察が相次いでおり、そのほとんどが税金の使途に不満を持つ富裕層の人々のようです。
また、サンディ・スプリングス市を手本に誕生した自治体は、ジョージア州では既に5ケ所にのぼり、更に、フロリダ州やテキサス州、カリフォルニア州などで30以上の地域が、新たに独立を目指して活動中のようです。
富裕層を失った自治体 貧困層に打撃
現在、このように米国の富裕層の間では、税金が貧困層の為にばかりに使われているとの反発が広がっています。そして、自らの居住地域を周囲と分離し、独自の新たな自治体を作る動きが強まっています。更に、貧困層に多く分配されていた税金の配分を取り戻そうという主張が、富裕層だけでなく中間層にも支持され、今後、全米に拡大していくとみられています。
一方、富裕層が流失した自治体は税収が大幅に減り、各種の行政サービスを縮小せざるを得ず、貧困層は大打撃を受けています。
例えばジョージア州フルトン郡では、前述のサンディスプリングス市の分離・独立などによって、年間40億円余りの税収が減少しました。特に南部のサウス・フルトンなどの郡内でも最も貧しい地域では、住民の生活に大きな影響が出ています。今年(2014年)に入り、次々と公共の行政サービスが打ち切りになっているからです。
貧困層の人々にとって、行政サービスの利用は欠かせません。しかし今年の2月、突然、公立図書館の開館時間が2時間以上短縮されました。子供たちが算数の宿題に使用しているパソコンも、閉館時間が来れば強制的にシャットダウンされてしまいます。
図書館の他に、郡が運営する公園の予算も削減されました。20ケ所ある高齢者センターの食事代は、一部値上げになりました。
中でも深刻なのが、貧困層向けの公立病院の予算削減です。2,500万ドルですから、日本円でおよそ26億円が削減されることになりました。医師の数が減らされ、診察に支障が出るのではないかと不安が広がっています。
この様に、富裕層の自治体設立が貧富の格差の拡大に拍車をかけると、多くの識者が警鐘を鳴らしています。
アメリカ社会では分断が深まっています。
同じ地域の中でも少し離れただけで、全く違う社会が生まれています。
経済面でも教育面でも、機会の平等が失われているのです。
このまま富裕層の独立が続けば、公共サービスを支える人がいなくなってしまいます。
それを顧みず、社会の分断は進む一方です。(テキサス大学 公共社会学部 マイカン・コナー准教授)
今まさに米国では、経済格差が完全に1%の持てる者と、それ以外の持たざる者99%に、完全に国を分断してしまっているといえます。統治機能まで含めて民営化してしまうと、行政サービスをお金で買うという契約社会になっていきます。
富裕層の自治体は税収も増え、その不動産の価値が上がり、その周りの地域が税収が減って地価は暴落、治安は悪く益々荒廃していきます。全米の都市の中に、この様なうち捨てられた居住区のようなものが、点々と存在しています。
貧困層の自治体では、行政サービスの一環としての刑務所の維持もできなくなることから、仕方なく閉鎖することになります。そうなると囚人が街に解放されることになりますが、逆に公務員である警察官をコストカットの為に解雇していくので、街には警察官がいなくなります。こんな恐ろしいことが、本当に進行しているそうです。
片や、合法的な特権地区とでもいえる富裕層の地区は、非常にハイテクでセキュリティーの高い地区になっており、このコントラストが激しくなっています。
教育に関していえば、富裕層は公立の学校に子弟を通わすという概念がありません。その為、公立学校への予算措置が切り捨てられていった自治体では、貧しい境遇の子供たちの受け皿としての学校がなくなっていくので、教育難民、学校難民の子供たちが、全米各地で溢れているのです。また貧困層の自治体では、教育へのコスト支出が削減されることで同様の現象が起きていく訳です。こうして急速に教育の平等が崩れ始めています。
二つの違う国の存在
米国では、この様に富裕層の自治体が急増し社会を二分する議論となってきました。あまりにも貧困層や低所得地域への配慮が足りないことが問題といわれています。富裕層の自治体が過剰なまでのサービスを得る一方で、貧困層の自治体は行政機能が崩壊してしまう程の影響を被り、深まる社会の分断が大きな問題となってきています。
また、独立する自治体で民間企業に行政サービスの委託を試みて失敗した例も多いようです。委託事業費の不正使用事件が続発した例もある様ですし、また、計画の甘さから予想外の支出や不透明な経費の使途が問題になっている例もありますので、必ずしも成功事例ばかりではないことを良く理解する必要があります。
この状況が更に進むことは、株式会社化された自治体の乱立であり、ある意味、公共という概念を否定した、それぞれが独自の国家だということになっていきます。そして1%対99%の分断では国家が崩壊する、失われたものを再び取り戻そうという声が、さすがに米国内でも大きくなってきているようです。
つまり、今まさしく米国では、一つの国の中に二つの違う国が存在することが常態化する、そんな国家への岐路に差し掛かっているといえるでしょう。
NHK TV番組 「クローズアップ現代」⇒ 動画を見る
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