最近、英国の紅茶の消費量は減少しているようですが、それでも英国人はいまだに紅茶が大好きな国民です。彼らは、朝・昼・晩の食事の時だけではなく、起床直後(アーリー・モーニング・ティ)や、午前(イレブンシス)・午後(アフタヌーン・ティ)と何度も紅茶を楽しみます。
この様な英国の優雅な紅茶文化には日本の茶道にも通じる歴史と伝統、そして美しくゆとりある生活を送ろうという精神的な背景があると考えられます。
英国紅茶の歴史
英国では当初、お茶は“薬”として受け入れられていました。しかし、1662年にチャールズⅡ世の妃となったポルトガルの王女キャサリン・オブ・ブラガンザが中国紅茶と当時はまだ貴重だった砂糖を大量に持ち込み、お茶に砂糖を入れて飲むという現代と同様の喫茶の習慣を英国宮廷に定着させました。お茶も砂糖も大変貴重な(紅茶は銀に等しい価値を持っていた)時代に、これを毎日頻繁に飲むというこの贅沢な習慣は次第に英国の貴族階級に広まっていきました。
17世紀の初めに中国から輸入が開始された紅茶ですが、17世紀後半から19世紀初頭までは英国東インド会社が紅茶の輸入を専売(1813年には独占は廃止)し、その取引による莫大な利益が大英帝国繁栄の一助となったとも言われています。
また17世紀の中頃(1660年代)には、紅茶は英国の貴族や文化人たちの社交場となっていたコーヒーハウス(コーヒー、紅茶の他にチュコレートや酒類も飲めた)で飲めるようになり、その後、コーヒーハウスは一般人にも門戸を開放し紅茶はそこから大衆にも普及し始め、一般の食料品店でも販売されるようになって市場は急速に広がっていきました。
そして、英国では近代産業の勃興(産業革命)により経済が飛躍的に向上し、中産階級が形成され、豊な暮らし・生活が実現し広く国民に行き渡り始めました。そんな時代背景のもと、ヴィクトリア朝時代からアフタヌーン・ティなどに代表される紅茶喫茶のエレガントで優雅な風習が確立され、この頃には紅茶はすっかり英国人の生活の中に定着しました。このため、喫茶の周辺要素であるティーカップやポッドなどの茶器の製作やお供に食す洋菓子なども発達し、より洗練されていきました。
尚、19世紀以降、当時英国の植民地であったインドやセイロン(現在はスリランカ)で紅茶の栽培に成功するようになると、質・量ともに中国紅茶を引き離して格段に輸入が拡大しました。
ちなみに、紅茶喫茶の風習・文化は18世紀にはアイルランドに伝播し、現在では一人当たりの消費量ではアイルランドがイギリスより上位となっています。
※紅茶に砂糖とミルクを大量に入れて飲む習慣につては、悪徳輸入業者が茶葉のかさを増すためにトネリコやヤナギの葉を混ぜたために味が極端に悪くなったのを、少しでも美味しく飲む為という説と、オランダ人が先んじてそうしていた、という説があります。
英国紅茶の一日
●アーリー・モーニング・ティと朝食のモーニング・ティ
アーリー・モーニング・ティとは朝食前の寝覚めのお茶のことです。たいていの家庭では前夜に保温ポッドに入れて、ベッドの脇のテーブルに用意しておきます。ホテルなどでも事前に時間を決めて依頼しておくと、その時間に運んでくれます。
アーリー・モーニング・ティも朝食時に飲むモーニング・ティも、ポッド・オブ・ティ(普通はカップだけで出すことは有り得ません)で飲みます。もちろんミルク・ティですから少し濃い目の紅茶が合います。所謂(いわゆる)ストロング・ティというものです。ストロング・ティに向いているのは「イングリッシュ・ブレックファスト」といわれる銘柄で、ブレンド茶であり特に高級なものではありません。どこのスーパーマーケットでも販売している比較的安価な、飽きのこない伝統的な英国紅茶です。またアッサム茶もインド産ですがパンチがきいているので、モーニング・ティには適しています。これも当然ながらミルク・ティで飲みます。
●イレブンシス(Elevenses)
英国の午前のお茶の時間は11時、イレブンシスといいます。アフタヌーン・ティーに似た軽食習慣で、 一般的にブランチほど塩味のきいたものが出ることはなく、軽めのケーキやビスケットとともに紅茶を楽しむのです。イレブンシスという名前は午前11時に行われるところから来ていますが、最近ではこの言い方はやや時代遅れとみなされています。
●ランチ
ランチで飲むものも「イングリッシュ・ブレックファスト」などのストロング・ティが主流です。ちなみに、英国のランチ・タイムは12時45分もしくは13時からとなります。
●アフタヌーン・ティー(Afternoon tea)
アフタヌーン・ティーは食事に準ずる喫茶習慣で、かつてはロー・ティー(Low tea)とも呼ばれ、正規の食堂ではない客間や居間など低いテーブルのある空間で提供されました。紅茶と共に軽食や菓子を食する場ですが、もともとは上流階級の女性向けの社交の場として、互いに客を招き、礼儀作法、家具や室内装飾、使用に供される食器類や飾られる花々、出席者どうしの会話のセンスなど広範な知識や教養が試されました。日本の茶道ほどの細かな決まり事はないにしても、文化的・社会的なポジションは近いものがあり、「ティ・セレモニー」とも言われたようにそこには儀式的な要素もありました。
1840年頃に第7代ベッドフォード公爵フランシス・ラッセルの夫人、アンナ・マリア(en:Anna Russell, Duchess of Bedford)によって始められたとされます。英国においてこのような慣習が始まったのは前述の通り社交の場としての意味と、もうひとつには当時貴族階級の夕食・ディナーは概ね20時(観劇やオペラ鑑賞、舞踏会などの夜の社交の後、夕食を摂るのが20~21時以降になるため)以降であったことから、空腹を紛らわせ、また事前の腹ごしらえとしての意味がありました。
紅茶のほかに、サンドウィッチなどの軽食や、スコーン、ビスケット(日本でいうところのクッキー)、ケーキ類といった菓子が用意されます。サンドウィッチはキュウリのサンドウィッチが大定番ですが、タマゴやチーズ、サーモンなどにレタスやクレソンなどの野菜を添えたものもあります。ケーキ類はスポンジ・ケーキはあまり好まれず、フルーツ・ケーキが主流です。また、お客様の前でホールを切り分けて供します。スコットランド由来のスコーンはやや硬く焼かれたパン菓子で、少しポロっとした感じ。中に干しブドウが入ったものもあります。英国人はクリームをたっぷりと付け、更にジャムを塗って食べます。
皿に盛った軽食・菓子などが2段から3段重ねのティースタンド(トレイの一種)に載せられている様子が有名ですが、本来は狭いテーブルや低いテーブルを有効活用するために使われるものです。そのため、ビュッフェ方式などの広い場所で行なうアフタヌーン・ティーにティースタンドを使用することは不作法として避けらています。
また、アフタヌーン・ティーには軽やかな室内楽の演奏はつきもので、ティ・ダンスといってダンスを踊る習慣もありました。更に、日本の茶室とある意味同様に、英国の場合は「ティ・パビリオン」が作られました。庭園などの敷地内に建築した東屋(あづまや)の様なものです。
アフタヌーン・ティは16時(15時かもあるが)からが一般的です。
●ハイ・ティ(High tea)
ハイ・ティはスコットランドの習慣で、アフタヌーン・ティより少し遅い夕方17時から18時頃に、より本格的な料理、例えば肉やタマゴ料理、スープなどが出されるもので、本来、食事としての意味合いが強く、前述のような理由で遅くなる夕食・ディナーの前に、紅茶などの飲み物とともにある程度の食事が提供されたものです。
●夕食・ディナー
夕食・ディナーの後の紅茶は、あまりストロングなものは好まれません。「ラプサン・スーチョン」のような中国茶がよく飲まれます。口中の油脂分を浄化する作用があるので、こってりした食事の後には最適です。
英国紅茶の衰退
さて、昨今の紅茶の消費量は低下に関しては、ミネラルウォーターや清涼飲料の普及のために紅茶を飲む習慣が若い世代から遠ざかったことが、一つの原因として考えられています。しかし一方ではカフェインを含まないハーブ・ティーやフルーツ・ティーの消費量は50パーセントも拡大しており、 これらは若年世代のみならず、 健康的でヘルシーな飲料を望む女性層などに支持されています。伝統的な紅茶は通常は牛乳と砂糖を入れて飲むことで脂肪分と糖分を多く摂取してしまいがちだからです。
また、コーヒーの台頭も無視できない要因で、最近では英国でもコーヒーを飲む人が増えたようです。確かに全国の主要都市には「スターバックス」や「コフィー・リパブリック」といった店舗が急速に数を増やし、若者やビジネスマンを中心に紅茶よりもコーヒーを好む人たちが増えています。
それでも、英国民の80パーセントはいまだに習慣的に紅茶を飲んでおり、 英国全土で一日に二億杯以上の紅茶が飲まれているそうです。
300年間にわたり英国に根付いた紅茶喫茶の文化は、そう簡単には廃れないということでしょう。そして、その優雅な雰囲気と美しいマナーはひとつの伝統であり、いつまでも私達のあこがれであります。
-終-
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