皆さんは1992年に中公新書から出版された本川達雄氏の『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』という本をご存知でしょうか? 当時、大ベストセラーとなった本ですから、直接読んだことのない人でも、題名くらいは聞き及びがあるのではないでしょうか・・・。
『ゾウの時間 ネズミの時間―サイズの生物学』 の著者である本川達雄先生は、動物生理学を専攻している理学博士で、本書では動物の大きさと生理機能の関係などについて大変面白い話をされてます。
(本書カバーから)要約すると「動物のサイズが違うと機敏さが違い,寿命が違い,総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度もサイズと一定の関係がある。ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用量は、サイズによらず同じなのである…」とのことです。
心臓の1回の拍動時間を心周期と呼びますが、人間(ヒト)の場合はおよそ1秒弱です。しかし、ハツカネズミなどはこれがものすごく速くて、1分間に600回~700回にも及び、1回当たりに換算すると0.1秒ほどにしかなりません。これが猫(ネコ)ですと0.3秒、馬では2秒、そして象(ゾウ)だと3秒ほどとなります。このように、体の大きな動物ほど心周期が長く、ゆったりとしているのです。
体重との関係で考えてみると、どの動物も体が大きく体重が重くなるにつれ、凡そその4分の1(0.25)乗に比例して取り巻く時間が長くなるようです。これは体のサイズの大きい動物ほど、心周期や呼吸も、運動や筋肉の動き等もゆっくりとなっていくという意味です。
この、時間が体重の4分の1乗に比例するという考え方は、体重が2倍になると流れている(体感)時間が20%長くなり、なんと体重が10倍になると経過する時間は1.8倍に感じられます。
具体的には、30グラムのハツカネズミと3トンの象(ゾウ)では体重が10万倍は違いますから、流れる時間は18倍も違い、象(ゾウ)にとっての時間はネズミに比べて18倍くらいゆっくりと流れていきます。
しかし、何れの哺乳類でも、その心臓は一生の間に15億回程度、鼓動する計算になるそうです。そして、15億回という心拍数からいうと、本来の人間(ヒト)の寿命は 26.3年となるそうです。
この30年にも満たない寿命を、科学文明というものが創り上げた安定した食料供給や安全な居住環境、衛生・医療の発達等により、人間(ヒト)は例外的に延伸したと言われています。
さて、前置きが長くなりましたが、ここからが今回の話題です・・・。
『arXivプレプリントサーバ』で発表されていた生体力学に関するある論文が、先日、『米国科学アカデミー紀要』に掲載されました。
その内容は「象(ゾウ)も猫(ネコ)も、おしっこにかかる時間は同じ」というものです(笑)。
この新しい研究の発表では、体の大きさや膀胱容量にかかわらず、哺乳類の排尿にかかる時間が極めて似ていることを示しています。なんと象(ゾウ)の膀胱は猫(ネコ)の膀胱の3,000倍以上の大きさがありますが、この2種類の動物の排尿にかかる時間は同じだとのことです。
様々な哺乳類の排尿を録画した画像によって、対象の動物が3キロ以上の体重であれば、膀胱を空にする為の時間はおよそ21秒であることが明らかになったといいます。その理由を探るため、研究者たちは動物たちの尿道から出る尿の流量を測定しました。
動物の体が大きくなると、当然ながらその尿道の長さも長くなります。象(ゾウ)の場合だと尿道は猫(ネコ)の尿道よりはるかに長いため、重力によってゾウの尿道にかかる圧力は大きくなり、尿の出る速さも勢いも強く大きくなります。
しかし、この法則はラットやコウモリなどの小型動物には当てはまらなかったといいます。その動物たちの放尿は、わずか0.1~2秒しかかかりません。この様な小動物の尿道はとても細いため、重力は尿の射出には影響を与えないのです。その代わりに尿が雫として現れるまでに、表面張力が尿道内部沿いに尿を急速に牽引していくそうです・・・。
この論文の発表者によれば、この研究成果は、排出効率を大きく向上させた大規模パイプシステムや貯水槽を構築する場合に貢献するのではとのことですが、本川先生の名著の内容と比較すると、少々トホホな感じですネ・・・。
-終-
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