【海賊襲撃説】
謎の血痕や引っ掻き傷などから海賊襲撃説が唱えられたが、海賊にしては船内は荒らされておらず、また積荷をそのまま残しておく事はなかっただろうし、乗組員らを誘拐して身代金を取ろうとした事実もない。船長の家族や乗組員の荷物の中には現金や貴金属、宝石類などもあり、積荷の工業用アルコールは当時の価格で総額8万ドル相当だったとのことで、これらがそのまま残されていたことで海賊説は決定的に否定された。
【竜巻・地震説】
水上の竜巻には海水を大量に吸い上げるような強いものはめったに無いし、地震による大津波が乗組員にパニックを起こさせて船を放棄して逃亡させたとする説に関しては、当時、大規模な地震が起きたという記録も無い。仮に大規模な竜巻や巨大な津波に遭遇したのであれば、船体自体が大きく破壊されてしまうはずで、これは発見された時のメアリー・セレスト号の状態には合致しない説である。
【乗組員暴動説】
乗員間の暴動でブリッグズ船長が殺害され、家族は殺されるか救命ボートで逃げたという説もあった。しかしブリッグズ船長の人柄は、宗教心に篤いニュー・イングランドの敬虔なピューリタンとして、大変高潔で公明正大な人間であったようだ。そんな彼のもと、乗組員も暴動を起こすようなことはなかったと信じられている。尚、一等航海士のアルバート・C・リチャードソン以下の乗組員も、皆、評判の良い人物が揃っており、反乱・暴動を起こすことは考えられない。
【食品汚染説】
食用のパンに使われていた小麦が麦角菌に汚染されていて、その幻覚作用で混乱した乗組員は皆、海に飛び込んでしまった、という説。しかし全員がその幻覚作用に犯されたというのも不思議だ。数人ならば多少の可能性はあるが、にわかには信じ難い。また、デイ・グラチア号のオリバー・デヴォーの証言によれば、デイ・グラチア号の乗組員の中に残っていた食料を食した者がいたが、特に体調の異変は見られなかったとのことである。
【バミューダ・トライアングル説など】
そして一部の説としては、魔のバミューダ・トライアングルによるものや巨大なタコ(の様な海洋生物)に襲われたとするもの、更には未確認飛行物体(UFO)による誘拐や拉致といったものまで、様々な非科学的な説が飛び交った。原因不明で合理的な説明のつかない怪事件には、必ずこの様な説が登場する。これらは都市伝説が採用する常套手段ともいえる話ばかりである。
【アルコール原因説】
最も有力で信憑性のある説は、積荷の工業用アルコール樽を原因とするものである。
歴史家コンラッド・バイヤー(Conrad Byer)の説によれば、ブリッグズ船長はこの様な危険な積荷を運送した経験が無かった為、船倉を開いた時にアルコールの匂いと靄が激しく吹き出したことで気が動転してしまい、彼は船が爆発すると考えたとしている。
その後、ブリッグズ船長は爆発の危険が去るまで、全員に救命ボートに移るよう命令したのだろう。急いだ結果、彼らはしっかりと船と救命ボートをロープで繋ぎ止めることができなかった。そして風雨や波が強くなり、救命ボートはメアリー・セレスト号から離れてしまったのだ。救命ボートの乗員たちは嵐に巻き込まれて溺れたか、または漂流中に飢えや渇きのために死亡したのだろう。
2005年、この説を補強する形で、ドイツの歴史家エイゲル・ウィーザーにより縮小模型を使った実験がロンドン大学で行われた。船荷の樽から漏れた揮発性のアルコールの蒸気が発火したとする説を実証するためで、船倉の縮小模型を製作しテストした。その結果、揮発したアルコールが容易に発火した。爆発力は、船倉の扉を吹き開き、縮小模型を振るわせたほどだったという。
それでも燃焼温度は比較的低く、積荷や船体には焦げ跡すらつかなかった。だがこの船倉内のアルコール蒸気が燃焼すれば、乗組員が脱出を考えるには充分な程度の恐怖を与えただろうと考えられた。間違いなく、この様な危険物を運送した経験がなかった船長始め乗組員に対しては、救命ボートでの退避を決意させるほどの切迫感は与えただろう。
現実には発見された時、メアリー・セレスト号からは1本の先のほつれたロープが海へ垂れ下がっていたという。また、ジェノバ港に回航されたメアリー・セレスト号の船倉に積まれていた工業用アルコール1,700樽のうち、9樽は空であった。実際に9つの樽からアルコールが漏れた訳で、この説の信憑性は高い。更に、この海域を暴風雨が襲ったとの記録も残っている。
このアルコール原因説が最も真実に近いのではないだろうか。何らかの予期せぬ事件か事故が発生したうえで工業用アルコールの爆発が発生したという複合説が妥当な気もする。しかし、事件の真相を解明することは難しい。
【その他の説】
英国の海洋小説家ローレンス・J・キーティングが、メアリー・セレスト号の生存者から聞き取ったという説や、1913年に発表されたメアリー・セレスト号の密航者が残した手記であるフォスダイク文書にもとづく説などがあるが、いずれも荒唐無稽な創作と考えられ、極めて信憑性は低い。
メアリー・セレスト号の名は史上最も有名な幽霊船として、虚々実々、様々なミステリーを生み今日まで語り継がれている。
しかし彼らの消息が今なお不明というのはまさしく事実であり、その後の捜索にもかかわらず150年近く経った現在でも、その消息は杳として知れない・・・。
-終-
【参考】 ちなみにメアリー・セレスト号の残骸は、2001年8月9日にダーク・ピットシリーズで有名な米国の海洋冒険小説作家のクライブ・カッスラーと、カナダの映画プロデューサーであるジョン・デービスが率いる調査隊によって発見された。
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