ドラゴンと龍の違い、そしてドラゴンと戦う人々について 〈2354JKI40〉

またこの様な“竜殺し”の英雄には、下記のような類型があります。皆、結果としてドラゴン退治に結び付きますが、微妙にその性格・行動には差異が見受けられます。

■ドラゴン・スレイヤー(Dragon Slayer)

ドラゴン・スレイヤーとは、“竜殺し”の英雄のこと。もしくは竜/ドラゴンを殺すことの出来る神話上の武器などを指します。またスレイヤー の意味は、悪者を退治する者、殺害者。

 

■ドラゴン・バスター(Dragon Buster)

ドラゴン・バスタ ーとは、竜/ドラゴンと戦い倒す者のこと。但し、降参したドラゴンを配下としたり味方にすることもあります。またバスタ ーの意味は破壊する人、悪や敵と闘う者・取り締まる者。

 

■ドラゴン・キラー(Dragon Killer)

ドラゴン・キラ ーとは、竜/ドラゴンと戦い殺す者、屠竜人のこと。この場合、戦いの結果、ドラゴンは殺されることがほとんどです。またキラーの意味は殺害者。

 

■ドラゴン・ベイン(Dragon Bane)

ドラゴン・ベインとは、竜/ドラゴンと戦い退ける者のこと。この場合、戦いの結果、ドラゴンは逃げ去る場合が多い様です。またベインの意味は天敵、破滅させる者、災いを為す者、死をもたらす者。

 

■ドラゴン・ハンター(Dragon Hunter)

ドラゴン・ハンターとは、竜/ドラゴンを狩る者のこと。この場合、原則としては生け捕りを目指しますが、戦いの結果、ドラゴンが死亡することも多くあります。また竜/ドラゴンの心臓、牙や鱗などを捕獲するのが目的の場合もあります。尚、ドイツ語ではドラッフェ(Drache)・イェーガー(Jäger)、つまり「竜を狩る者」といったところでしょうか。

 

続いて、代表的な“竜殺し”の英雄を紹介しようと思いますが、主に欧州大陸とその周辺地域に伝わる物語主体とさせて頂き、インドや中東の伝説に関しては最後にまとめて簡単に記載させてもらいます。

■ギリシャ神話のドラゴン退治伝説

ギリシャ神話における、水蛇ヒュドラを退治した勇者ヘラクレスとその甥のオイラオスや同じくギリシャ神話で描かれている、海獣・水蛇を斃して美女アンドロメダを救った英雄ペルセウス。また人々に災いを招く大蛇ピュトンを自慢の弓で退治した太陽神アポロン。そしてそのアポロンが神託を与えたカドモス王が、軍神アレスの守護者であった大蛇を倒して都市国家テーバイを建国・創始したと伝えられています。

 

■予言者ダニエル

旧約聖書続編のダニエル書補遺によれば、預言者ダニエルはバビロニア人の崇めていたドラゴンを、ピッチ(アスファルトの様なもの)と油脂と毛髪を煮て作った菓子を食べさせて殺したと記されています。

尚、ダニエル(דָּנִיּאֵל)は旧約聖書の『ダニエル書』に登場するユダヤ人の男性で、バビロン捕囚の時代の人。キリスト教においては四大預言者の一人とされています。

 

■聖ゲオルギウス(聖ゲオルク)

古代ローマ時代の殉教者、聖ゲオルギウスには、ドラゴン退治の伝説があります。それは、カッパドキアの王国に毒気を振りまく巨大な悪竜がおり、人々に生贄を要求していました。そして遂には王女が生贄として捧げられることになりましたが、そこに通りかかった聖ゲオルギウスはドラゴンを退治し、人々をキリスト教に改宗させます。尚、彼は英語では聖ジョージ(George)、ドイツ語では聖ゲオルク(Georg)と呼ばれて尊敬を受け、守護聖人とされています。また彼の象徴は、赤色十字旗とドラゴン(竜)であり、白馬に跨る姿で描かれることが多いとされます。

中世イタリアの年代記作者でジェノヴァの第8代大司教であったヤコブス・デ・ウォラギネ(Jacobus de Voragine、1230年頃に生まれ1298年8月13日に逝去)は、キリスト教の聖者・殉教者たちの列伝である『黄金伝説(Legenda aurea)』を著わしましたが、その第56章「聖ゲオルギウス」に上記のシレナのドラゴン退治の顛末が記されています。ちなみに、同書の第12章「聖シルウェステル」や第94章「使途聖大ヤコブ」、第100章「聖女マルタ」、第134章「使途聖マタイ」などに様々なドラゴンが登場し、其々の聖人たちに退治されたり追い払われたりしています。

また余談ですが、『新約聖書』の中の「ヨハネの黙示録」には悪魔の化身である“七つ頭の赤いドラゴン”が登場しますが、これは「黙示録」成立当時、キリスト教徒を弾圧していたローマ帝国の暗喩であるとされています。そしてこのドラゴンは白馬の騎士(イエス・キリストを指しているとされる)により千年の期間幽閉され、千年の後に再びキリスト教徒に反旗を翻した際に今度は神に完全に処罰されます。

 

■シグルド

北欧神話の『ヴォルスンガ・サガ』に登場する英雄シグルドは、強欲な小人(異説ではシグルドの養父レギンの第三子)が魔法の力で変身したドラゴン“ファフニール”を魔剣“グラム”(“憤怒の剣”という意味で、シグルドの父シグムンドの遺品であった名剣の破片から鍛え直したもの)で退治し、ドワーフのアンドヴァリが所有していた黄金を生み出す腕輪“アンドヴァラナウト”と、“ファフニール”が守っていた膨大な財宝を戦利品として得ました。

また彼は“ファフニール”の血を舐め心臓を食べたことにより誰よりも賢くなり、動物と会話する能力も得たとされます。ちなみに魔剣“グラム”の基となった名剣は、(アーサー王伝説と似た逸話として)北欧神話の主神オーディンが樫の木に刺した誰もが抜けなかった剣をシグムンドが引き抜くことに成功して、オーディンから授けられたものとされています。

別途北欧神話には、“ヨルムンガンド”(ロキ神の次男で兄は狼の怪物“フェンリル”)と呼ばれる超巨大蛇が登場、アース神族の中で最強の勇者である雷神トールと戦います(引き分け説とトール勝利説があります)。“ヨルムンガンド”は、ドラゴンと云うよりは超強力な毒を吐く大海蛇といった姿をしていますが、その性格は後のドラゴンに近い悪役の雄に違いありません。ちなみに雷神トールは、アメリカン・コミックスの『マイティ・ソー(The Mighty Thor)』のモデルで、彼の武器が有名な稲妻の力を宿した“ミョルニル”(トールハンマー)といわれる柄の短い槌です。

 

■ジークフリート

このドラゴン退治の伝説は、『ヴォルスンガ・サガ』に登場する英雄シグルドの物語の分身ともいえるものであり、同根の伝承から派生したと考えられています。古来、北欧スカンジナビアからドイツ地方一帯に伝わっていた”竜殺し“の伝説の、一方が『ヴォルスンガ・サガ』でのシグルドの“竜殺し”に、また片方が英雄叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に登場する英雄ジークフリートのドラゴン退治の物語となったのです。

但し『ニーベルンゲンの歌』では、ジークフリートが直接的にドラゴンを退治する場面の情景は描写されておらず、第100歌章においてハゲネによりジークフリートの無敵さや不死身の理由の説明として語られている中で、間接的な形で触れられているのです。

それによるとジークフリートは、洞窟の宝を守っていたドラゴンを魔剣“バルムンク”で退治した際に返り血を浴びて、その魔力により全身が鋼鉄のごとく硬く、いかなる武器も通用しない不死身の体となります。しかし丁度その時、背中に菩提樹の葉が一枚張り付いていた為に、その部分のみがドラゴンの血を浴びずに残り、ただ1つの弱点となったのです。そして結局は、この弱点部分が彼の命取りとなります‥‥。

ちなみにゲルマン民族の英雄ディートリッヒ・フォン・ベルンの伝説にも、多くのドラゴンが登場しますが、未だ具体的で個性を有したドラゴンの描写は見られません。

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