ドラゴンと龍の違い、そしてドラゴンと戦う人々について 〈2354JKI40〉

■ベオウルフ

古代・中世イギリスの英雄叙事詩『ベオウルフ』は、イェーアト族の勇者ベオウルフの生涯と、彼の二度にわたる魔物との戦いを詠った英雄叙事詩です。第1部ではデネ(デンマーク)にあるヘオロット(鹿)城を騒がしていた「カインの末裔」と呼ばれる巨人・グレンデルとその母親との若き日のベオウルフの戦いが描かれ、第2部では故郷スエーデン南部でイェーアト族の王となり老齢に達したベオウルフが、自らの王国南部の海岸付近にあった塚へ暴れるドラゴンを退治に赴き、そこで苦戦しつつも遂にドラゴンを葬る姿が描写されています。

このドラゴンは宝物を奪われたことで空を飛び炎を吐いて暴れており、このままではベオウルフ王の国は滅びてしまうと思われました。戦いの最中、ベオウルフ王はドラゴンの頭に名剣”ネイリング“を突き立てますが、ドラゴンの鱗の硬さと王自身の怪力によってそれも折れてしまうのです。そこで王の苦境を救おうと同行していた若き戦士ウィラーフがドラゴンの腹に剣を刺したその隙に、王は短剣でドラゴンの頸を切り裂き、ようやくにしてドラゴンを仕留めたのでした。しかし多くの傷を負ったベオウルフ王は、ドラゴンから受けた毒の作用もあって亡くなってしまいます。こうして老王ベオウルフは、我が身を犠牲にしてその王国を守ったのでした。

尚、このドラゴンは、その後のドラゴン伝説における典型的なドラゴンであり、宝を守り空を飛び、炎を吹いて人間を襲うというパターンの先駆けとなったとされています。

 

■欧州以外の“竜殺し”の者たち

古代インドの聖典である『リグ・ヴェーダ』に出てくる、巨大な蛇の怪物ヴリトラ殺したバラモン教やヒンドゥー教の神インドラや古代ペルシア神話やゾロアスター教に登場する蛇の怪物アジ・ダハーカを退治(封印)した英雄スラエータオナ。そしてアルメニアの民族的英雄神ヴァハグンは、蛇の怪物ヴィシャップを征伐しました。また比較神話学的には、アジ・ダハーカはインドのヴリトラに対応すると考えられています。ちなみに現代では、“アジ・ダハーカ”はペルシア語で「ドラゴン」の意味で使われているのです。

 

まだまだ多くのドラゴンにまつわる神話や伝説があります(その他の西洋のドラゴンに関しては、別稿で是非取り上げたいと思います)が、インドや中近東の古い伝説の場合は、必ずしも悪を代表する怪物という訳でもありません。西洋でも、特に欧州におけるドラゴン(竜)が悪者と決めつけられているのは、間違いなくキリスト教の影響が大であると考えられ、同教ではドラゴンはサタンの化身とされて悪魔と同様に神の敵と見做されてきました。善なる神とその(人との)仲介者・(善行を行う)代行者である聖人や勇者・英雄たちの正義を際立たせる為に、悪の象徴として、毒をまき散らし炎であらゆるものを焼き尽くす死と破壊の権化へと(無理やり)変化させられたのです。(但しイングランドには、キリスト教とは無縁な例外的な伝承として、あの大魔法使い“マーリン”によって予言されたケルト人の守護者である赤いドラゴンとゲルマン人の味方である白いドラゴンの時空を超えた戦いの伝説があります。)

そう云えば、日本にもスサノオ伝説があります。日本神話に登場するスサノオ(須佐之男命、素戔男尊・素戔嗚尊などとも)天羽々斬剣十束剣のひとつ? )を振るって八岐大蛇を退治し、生け贄の櫛名田姫を助けたとの話あがり、その後、大蛇の尾の中から”天叢雲剣“を得たとされるのです。このあたりは、西洋のドラゴン退治のストーリーによく似ていますね。宝剣・神剣の存在とか姫君救出などの物語を彩るパーツがそっくりの上、しかも八岐大蛇が悪者で怪物として描かれています(但し本来は山神または水神であり、八岐大蛇を祀る民間信仰もあります)。この様に善龍が多い東洋でも例外はある訳ですが、逆に最近では西洋のドラゴンでも物語の主人公の仲間や友人といった立場のドラゴンがちらほらと出現、時代とともに長年培われた価値観も変わるものです‥‥。

-終-

 

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