世界的にも絶滅危惧種
ニホンウナギは、2013年2月に環境省のレッドリストに該当、2014年の6月には国際自然保護連合(IUCN)により絶滅危惧種(Endangered:EN)に指定されました。
また一時期大量に輸入されていたヨーロッパウナギは 近絶滅種(Critically Endangered:CR))/『絶滅危惧IA類』に指定されていて、アメリカウナギとニホンウナギは危機的ランクとしてはその次ぎにあたる絶滅危惧種(EN)/『絶滅危惧IB類』となっています。またヨーロッパウナギは、平成19年(2007年)にはワシントン条約の附属書Ⅱに掲載され、平成21年(2009年)3月からは貿易取引が制限されていますが、一方、ニホンウナギは2016年の同会議においても何とか規制を免れました。
※ヨーロッパウナギについては、既述の通り1990年代に稚魚を中国で養殖し日本へ輸出する販路が定着し、実際にその輸出が本格化すると資源は激減しましたが、その原因は稚魚の乱獲であると指摘されています。
こうした絶滅危惧種に指定された現実を踏まえて、水産庁はニホンウナギを利用する中国・台湾・韓国等と、養殖池に入れる稚魚の量に上限を設けることで2014年に合意し、日本の上限量は合意直前である2014年度の池入れ量の8割と決められました。
今期、平成30年の漁期(平成29年11月~平成30年4月末日)の(養殖用の)池入れは終了しましたが、今漁期は中国・台湾等を含めた東アジア全域でのシラスウナギの漁獲が低調だった為、その取引価格は大きく高騰したとされ、我国のシラスウナギの池入数量は5月末日迄で14.2トンと、昨年漁期(19.6トン)を下回りました。
また更に、平成31年(2019年)にはスリランカで野生生物の国際取引を規制するワシントン条約の締約国会議が開催されますが、そこでニホンウナギを含む全19種のウナギの仲間全てが規制対象になる可能性も考えられており、鰻食大好きな日本人にとって、来年以降の鰻を取り巻く全世界的な状況は予断を許しません。
そこで、今後とも鰻(ニホンウナギ)の持続的利用を確保していく為には、国内外での資源管理対策の徹底推進が必要となるでしょう。国際的には我国日本を始めとして、中国や韓国・台湾といった国々の間で資源管理に向けた協力体制を強めると共に、国内においては池入数量の制限を適切に実施しながら、密漁対策やシラスウナギ採捕に関しても、その管理活動が一層行き渡る様に対応しなければなりません。
日本人と鰻
我国では鰻の蒲焼を食べる習慣はかなり古くからあった様子で、歌人・大伴家持の和歌(戯れ歌)からも、万葉の時代において既に鰻が強壮の為の食材としてもてはやされていたことが窺われ、夏痩せに効果のある栄養食品として認められていた様です。
※大伴家持(おおとも の やかもち)とは、奈良時代の貴族で高名な歌人。大納言・大伴旅人の子で、官位は従三位・中納言でした。“三十六歌仙”の一人に選ばれており、『小倉百人一首』では“中納言家持”と称されています。彼の多くの長歌・短歌が『万葉集』に収められており、『万葉集』の編纂に拘わったとも考えられています。
※丑(うし)と鰻(うなぎ)の「う」が同じ発音なので、鰻の蒲焼を土用の丑の日と関連づけて食べる様になったとも。また平安時代以降、丑の日には鰻だけでなく色の黒いものを食べると良いとされていました。黒いものなら野菜の牛蒡(ゴボウ)でも、他の魚、例えば鯰でも何でも良かったのです。
ところが現在の様に土用に鰻を食べる習慣が一般化した切っ掛けは、江戸時代の多才な万能学者として有名な平賀源内が、夏場に鰻料理が売れないので何とかしたいと鰻屋の主に相談された結果、「本日、土用の丑の日 うなぎの日 食すれば夏負けすることなし」と大書して張り出したところ、「鰻を食べると長寿延命になるぞ」との尾ひれもついて忽ちその店が大繁盛、これを観た他の鰻屋も真似して同様の宣伝をする様になったという故事に由来すると云われています。
しかし夏場の土用の時期に鰻を食べる習慣は上記の大伴家持の例などからも、古くは奈良/平安時代からあったとされ、あくまで平賀源内が最初の発案者ではないのですが、今で云うキャッチコピーに当たる「土用の丑には鰻が良い」という謳い文句を考案して宣伝活動を行ったことは源内先生の功績には違いありません。
※平賀源内(ひらが げんない)は、享保13年(1728年)に生まれて安永8年12月18日(1780年1月24日)に亡くなった江戸時代中頃の多芸多才な人物で、天才または異才の人と称されます。本草学者・地質学者・蘭学者・医者、戯作者・浄瑠璃作者、俳人で蘭画家、殖産事業家・発明家として知られていますが、エレキテルの発明(修復)でつとに有名。
※この源内の「本日、土用の丑の日」は、日本で初めてのコピーライティングとも云われていますが、彼は明和6年(1769年)にはCMソングの先駆けとされる歯磨き粉の歌『漱石膏』を手がけ、安永4年(1775年)には音羽屋多吉の清水餅の広告コピーを担当してそれぞれ報酬を受けており、これらをもって日本におけるコピーライターのはしりとも評されているのです。
※夏バテ防止には鰻が効くとした源内先生のこの宣伝フレーズのお蔭で鰻がバカ売れしたという話は、現代でも広く世間に浸透していますが、但しこの話は、万葉集(巻16)にある大伴家持の歌『石麻呂に 吾物申す 夏痩によしと云ふものそ 鰻(むなぎ)とり食せ』(意訳:「石麿さん、夏痩せにはウナギが効くから食べてみてください」)が本当のルーツであり、源内先生はそれを拝借しただけとの説があるのです。ちなみに家持が吉田連老(石麻呂/石麿)へ宛てた歌には他のものもあり『痩す痩すも 生けらばあらむ はたやはた鰻を取ると 川に流るな』(意訳:「夏バテして痩せても命に係わらなければ問題はないが、万が一にでも鰻なんか獲りに川に行って流されるのは御免だろう!?」)と詠んでいます。
こうして日本人が長年の知恵と経験から行っていた鰻食ですが、土用の丑の日は季節の変わり目にあたる時期で体調を崩し易くもあり、ビタミンAやビタミンB群などの疲労回復や食欲増進に効果的な成分が多く含まれている鰻を食べることは至って合理的であり、鰻は夏バテ防止には最適な食材と云えるでしょう。またこの時期には、昔から鰻以外にも「精の付くもの」を食べる習慣があり、土用蜆(しじみ)や土用餅・土用卵等の言葉が今も残っています。
※土用蜆は、肝臓薬として“腹の薬”とも言われて古くから土用の食品の代表格でした。土用餅は、無病息災を願って土用に食べる“あんころ餅”のこと。土用卵は、土用の時期に産み落とされた卵のことで、昔から完全栄養食品として良質なたんぱく質を人々に提供してきました。
更に京都では、土用の丑の日には鰻や鱧を食べるだけでなく、病気除けの為に下鴨神社を訪れては足を川の水に浸す習慣があり、これまた非常に合理的な健康法でもありました。夏の暑さで鬱血しがちな足を冷やすのが目的でしたが、現実にも科学的な方法であったと云えます。但し、賀茂付近まで行かなくとも、自宅で盥(たらい)に水を汲んで足を入れても効果は同じかも知れませんが‥‥。
鰻の稚魚漁は、鹿児島県以外の宮崎県や静岡県、愛知県などでも盛んですが、今年はやはりどこも極度の不漁(シーズン終盤にやや勢いを取り戻したとも)となった様です。土用の丑の日には是非とも食べたい鰻ですが、シラスウナギの不漁の為にどんどん値上がりしており、益々、食卓から遠のいていくのでしょうか?
現実には、前年シーズンから養殖している鰻がおり、今夏には極端な不足に陥ることは無いとも聞きますが、本格的な影響はむしろ来年により大きく出てくることになりそうです。鰻好きの日本人としては、今後は信じたくない状況に向き合う必要があるのかも知れません‥‥。
禁漁を危惧する声もありますが、漁獲量が減っていても原因が過剰な漁獲以外であった場合、仮に禁漁にしても個体数は増えません。従って明確な減少要因が分からない以上、当面は禁漁となる可能性は低く、また消費者が購入を控える必要もないでしょう。そもそも鰻は、年によって漁獲量に大きな差があり安定しない水産物であって、入荷が減れば当然価格は高騰します。残念ながらそれでも食べたい方は、現状は高い買い物を許容するしかありません‥‥。
更に“絶滅危惧種”に関しては、IUCN(国際自然保護連合)が定めているものであり、特に日本国内において法的な拘束力はありません。鰻(ニホンウナギ)は個体群の減少率から絶滅危惧種に指定されていますが、現時点では直ちに絶滅するものとは考えられていません。だから“絶滅危惧種”といって購入したり食べる事が禁じられている訳ではありませんので、当面は値が高いことを除いては安心して食に供しても良い様です!!
-終-
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