童歌(わらべうた)や童謡には怖い歌が多い。他愛(たわい)のない子供向けの歌に見せかけているが、本当の意味を知ると、そこには背筋も凍るほどの恐ろしい物語が隠されているのだ!!
かごめかごめ(籠目籠目)
『かごめかごめ』は、我が国に古来より伝わる童歌(わらべうた)の一つである。子供たちが輪になって廻りながらこの歌を歌い、中央で目隠しをされたオニ役の子供が、歌の最後で自分の後ろに誰がいるのかを当てる遊び歌だが・・・。
かごめかごめ
籠の中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀と滑った
後ろの正面だあれ?
この歌については、その歌詞の解釈や意味を巡って様々な説がある。その多くが、恐ろしい意味を持ったものであり、とても子供たちの遊び歌とは思えないものばかりで、また、発祥の地についても不詳である。
●交霊・降霊術で使用される歌
神を宿らせるまじないの歌であるとか、 「コックリさん」などと同様に霊を呼び寄せるための口寄せに使われる歌である、という説。
降霊の歌を歌いながら廻りを回ることで霊を呼び寄せ、その真ん中にいる人間に憑依させる、というもの。
●囲われた遊女の歌
一日中男性の相手をさせられ、いつここから抜け出せるのだろうと嘆いているうちに、次々と新たな相手(客)の顔が見え隠れしている、という自由のない遊女(籠の中の女)の悲哀を歌ったもの、という説。
●囚人の運命、処刑される罪人の歌
牢獄にいる囚人のもとを訪れたのは、死刑執行のための看守か、脱走の手助けをする者か。死刑か脱走か? 囚人のその後の運命がどうなるかという状況を表している歌。
または、数名の役人が罪人の首を刎ねるために囲み、いつ放免してもらえるのかという罪人の問いに対し、その首を刎ねてしまう。そして落とされた罪人の首がどっちを向いているか、という残酷な結末を歌ったもの。
●家督争いで流産させられた妊婦の歌
家督争いのさなか、子供を宿した妻女が、ある夜明けの晩に階段を下りようとした時、突然後ろから誰かに突き飛ばされ腹の子を流産してしまった。自分を突き落として子供を殺したのは誰だ? という母親の恨みの歌、という説である。
●埋蔵金伝説関係
・徳川埋蔵金の所在を歌ったものとする俗説で、鶴と亀が埋蔵金の在りかを表しているとする。日光東照宮の三神庫と呼ばれる建築物群や奥院には鶴と亀が対になって飾られている所があり、「鶴と亀が統べった」はこの彫刻を指しているという。
・戦国大名の芦名家の埋蔵金に関する歌、とするもの。「鶴と亀」はそれぞれ芦名家の城の別名であり、埋蔵金の隠し場所を示しているとする。
この他にも諸説があり、徳川家康を神格化し、一方、豊臣秀吉を貶めるために京都の豊国神社を打ち壊した江戸幕府の行動を揶揄したとする説や、明智光秀と南光坊天海が同一人物であることを歌ったものだ(鶴と亀には、日光東照宮の彫刻の他に敦賀と亀岡の意味もある)という説など、様々な解釈が存在している。
歌われた時代や地方によっても歌詞が微妙に異なるので、ますます謎は深まり、まさに都市伝説そのものだ。 独特の古めかしいメロディーと相俟って、その雰囲気はある種の神秘性を持っている。
尚、ユダヤ民族との関連をヘブライ語で解明する珍説もある。
通りゃんせ
向かい合った子供が手を握ってアーチを作り、その下を他の子供たちが『とおりゃんせ』を歌いながら列になって通り過ぎていく。歌が終わるとともにアーチがおりて、その下にいた子供がつかまるという遊びだ。
通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細道じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちょっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ
『通りゃんせ』は、江戸時代に成立したと考えられる童歌だ。神奈川県小田原市の菅原神社(山角天神社)や埼玉県川越市の三芳野神社が舞台であるという説もあり、共に発祥の碑がある。
『かごめかごめ』と同じく、歌詞の解釈を巡って謎が多く、この歌も不気味な感じ強い。
●三芳野神社での参詣にまつわるとする説
天神様である菅原道真が祭られている三芳野神社は、その昔、川越城の城郭内に移されたため、「お城の天神さま」と呼ばれていた。警備が厳重な城内の神社なので、庶民の参詣は困難だったようで、その様子が歌になった。
●江戸時代の関所を舞台とするという説
比較的単純だが、往きは楽だが帰りの際は厳しく調べられるという歌詞が根拠とされる。
●“神隠し”で行方不明になった子供や人を歌ったという説
失踪の原因は様々だが、古人たちの超自然の現象への畏怖にもとづく歌とされる。また、困窮から口減らしのために我が子に手をかけた親が、子供は“神隠し”にあったと周囲に説明した、ということが歌になったとする。
●幼児の生存を祈願する歌という説
子供の無事な成長を願い、赤ん坊が生まれた直後に人型の紙人形や氏神のお札などを神社に祀り、7歳までの守神とするという儀式が行われたことが根拠。
英国民謡『ロンドン橋』も似たような遊び方をするが、英国にも怖い童謡がたくさんある。遠く離れた異国であるにもかかわらず、非常に似た遊び方や童歌が成立する過程(プロセス)には、一定の法則というか、そこにはなんらかの類似性があるようだ。海外の童謡については、いずれ触れたい。
さて、一度通ると、二度とは帰ってこられない門とはなんだろうか? 異界・異次元への門ではないか? と誰もが思うことだろう。
花いちもんめ
『花いちもんめ(花一匁)』は子供の遊びのひとつで、2組に分かれて向い合いながら歌を歌い、攻防を繰り返しながら互いのメンバーの獲り合いを行うものだ。
勝ってうれしいはないちもんめ
負けてくやしいはないちもんめ
となりのおばさんちょっと来ておくれ
鬼がいるから行かれない
お釜かぶってちょっと来ておくれ
釜がないから行かれない
布団かぶってちょっと来ておくれ
布団破れて行かれない
あの子がほしい
あの子じゃわからん
この子がほしい
この子じゃわからん
相談しよう
そうしよう
この歌は、ずばり人身売買の歌といわれている。それは安い金(わずか一匁目)で女衒に買われて遊郭に売られてゆく少女たちのことを歌った歌という解釈だ。
花とは花代、いわば娼婦や芸妓たちに支払う代金のことなので、お気に入りの娼婦を取り合っている客たちの様子を描いた歌、との説もある。競り勝って、花、つまり女を買うことが出来てうれしい、ということである。
盗賊団に襲われた村での惨劇を歌にしたもの、という説もある。略奪の過程で仲間割れした盗賊の隙を狙って誰かが助けに来ることを願ったが、結局は和解した盗賊に子供たちはさらわれてしまう。
どの説も悲惨で悲しい歌としか考えられない。あまりにも残酷なために、単に子供たちが友達を交換して遊ぶ際に歌う童歌だ、という説を支持する人も多い。また正直なところ、そう思いたくもある。
ずいずいずっころばし
『ずいずいずっころばし』は、江戸時代の「お茶壺道中」にまつわる童歌と一般的には解釈されている。
ずいずい ずっころばし
ごまみそ ずい
ちゃつぼに おわれて
トッピンシャン
ぬけたら ドンドコショ
たわらの ねずみが
米くって チュー
チュー チュー チュー
おとさんが 呼んでも
おかさんが 呼んでも
いきっこなしよ
井戸のまわりで お茶碗かいたの だあれ
江戸時代に、宇治の名産品である宇治茶を徳川将軍家に献上するための、銘茶を詰めた茶壺を運ぶ行列が仕立てられ、1633年から徳川幕府の崩壊まで継続した。
この大名行列と同様の格式をもった「お茶壺道中」には、街道筋(東海道や中山道)の住民は大名行列と同様の対応を強要され、不注意から咎めを受けたりすることの無いように、「お茶壺道中」には近づかぬように子供たちに注意を促すための歌である、というのが主な説。
異説としては、豊臣秀吉に切腹を命じられた千利休の末路を表しているという説もある。茶道を確立した利休、そして禿ネズミといわれた秀吉、(死を賜り利休は)誰に呼ばれてもいきっこなし、茶道頭が茶碗を欠くとは、意味深である。
他にもまだまだある怖い歌は、近代の童謡にもある。次回はその中から何曲かを紹介しよう。さて怖い歌の都市伝説、信じるか信じないかは、あなた次第だ・・・。
-終-
関連記事はこちらから ⇒ 【大好き都市伝説】 怖い歌 オンパレード!! その2
《スポンサードリンク》