ミリタリーウォッチ(軍用腕時計)の基本を解説する入門記事。その生まれた理由や初期の著名な機種から、現在の代表的な機種までを紹介する。
【最新改訂版】軍用時計こそが男性用腕時計のルーツだ。なぜかと言うと、腕時計は元々婦人向けの(ファッション性の強い)アイテムであり、紳士諸君は懐中時計を使用するのが本流であった。
しかし戦争というものが極めて精緻な作戦計画に基づき遂行される様になると、当該の作戦の参加者全員が決められた時間通りに行動する必要性が高まり、必ず戦場に時計を携帯し、過酷な戦闘の最中でも時間の確認がし易い腕時計が普及していった。
20世紀初頭になり、こうして軍用時計として腕時計が確立されたのである。
【戦争と時間管理】
戦争の方法が進化するとともに、時間を管理する為の時計の必要性が格段に増してきた。進撃前に実施される大規模な制圧準備射撃や遅滞(持久抵抗)戦術採用時の自軍前線の直前への援護射撃などにおいては、砲撃実施の時間を知ることが兵士の生死を分けた。また砲兵にとっては砲撃時の彼我(敵と味方)の距離を計測する上でも、発光と爆発音を利用して時間を計ることは重要な要素だった。
更に、航空兵には時間を適時確認することが現在地を確定しフライトプランを守る為には絶対であり、 地上や海上の部隊にとっても他の部隊・艦船との連携のためには正確な時間を知ることは必須となってきた。
【初期の軍用腕時計】
軍用に腕時計の使われ始めた時期については、1880年にジラール ペルゴが独海軍に納入した説や、第二次ボーア戦争(1899年~1902年)などでの使用(懐中時計を腕に巻き付けるなど、但し当時のオメガ社の広告に軍用腕時計の記載あり)が報告されている。しかし日露戦争(1904年~1905年)では将官級の軍人でも懐中時計を使用している例がほとんどだ。
その後、一般にはWWⅠ(第一次世界大戦:1914年~1918年)が軍用腕時計の使用に関しての嚆矢とされる。この頃から航空機が戦争に多用されだし、パイロットにとって時計の携帯は必須であったが、当然、旧態然たる懐中時計では火急時に使いづらい。
そこで腕時計の出番となった訳だ。また歩兵戦でも数十万人規模の大部隊の運用には、各部隊の時間管理の徹底が必要だし、上述の通り、塹壕戦での砲撃の方法が大規模且つ精密となってきた為、前線の下級指揮官たちも時計を装備することが不可欠であった。
(WWⅠでの軍用腕時計の写真)へのリンク
WWⅠを境に軍用腕時計は世界的に普及していったのだが、耐久性に優れ一定以上の視認性を持ち、コスト的にも納得のできる製品の誕生が待たれた。
尚、ハミルトンの“カーキ パイロット”などは現在でも人気のブランドだが、初期モデルがこの頃には既に米軍に納入されている。
【MILスペックと軍用腕時計、そしてWWⅡでの使用】
WWⅠ終戦の後、やがて1930年代に入ると、米軍のMILスペックに準拠した軍用腕時計が開発・製造され始めた。
MILスペックとは米国国防総省による兵器や装備品などの調達を円滑に実行するための標準化文書集の中の一つ。また正式には“Military Specification”といい、直訳すると「米軍仕様書」となる。
開発や調達の為に要求仕様に合った品目や材料、開発や製造の手順や役務についての各種要求の内容を詳細に記載したものだ。
このMILスペックが軍用腕時計を飛躍的に進化させた。耐久性はもちろんだが、特に視認性に関しての工夫が進んだ。当時の主な仕様は、白い3針、黒い文字盤、アラビックのインデックス、ダイヤル外周の60秒の目盛り、ハック機能(秒針を止めて時間調整が可能)を持つ、などであるが、その多くが視認性の向上に繋がった。
この時期(1930年代~WWⅡ、朝鮮戦争にかけて)のものとしてはtype-A(A-7、A-11.A-17など)が特に有名であり、以後の軍用腕時計の原点とも言える。
製造を担当したのは、ウォルサム、エルジン、ブローバなどのメーカーだが、自社のブランド名を記載していない製造会社もあった。(ページtopにMWCのA-11モデルの写真を掲載)
また、WWⅡ(第二次世界大戦:1939年~1945年)における英国で設定された軍制式の基準に準拠した軍用腕時計は、ロレックス、ジャガー・ルクルト、IWC、オメガなどにより製造された。
これらには英軍採用の印としてブロードアローの文様が刻まれ、ねじ込み式裏蓋による高い防水性能が特徴で、その証としてのWWW(ウォーター・プルーフ・リスト・ウォッチ)の刻印が印象的だ。
【ベトナム戦争以後】
ベトナム戦争において米軍はこれまでの概念を捨て、軍用腕時計に使い捨ての考え方を導入した。主にコスト削減の為、思い切って壊れたら廃棄する道を大胆に選んだのだ。所謂(いわゆる)、ディスポーザプルウォッチ(使い捨て時計)の登場である。本体の素材はステンレススチールもしくは強化プラスチックが大半となり、風防もほとんどがプラスチックとなった。
これらのディスポーザプルウォッチの供給元は、ベンラスやハミルトン、ウェストクロックスなどが中心である。
また、ベトナム戦争での軍用腕時計に求められた大きな特徴としては、視認性の向上が挙げられる。昼間でも暗いジャングル地帯での利用や、夜間の作戦における使用が増加したこともあり、暗所での見易さが重視された。
当初使用されていたのは放射性物質の(自己発光する)トリチウムをダイヤルに直接塗布する方法であったが、これは危険性が高く、やがて使用禁止とされた。
1980年代に入ると、(小型のガラスチューブにトリチウムを込めた)マイクロガスライトが開発され、視認性の向上と併せて安全性が担保された。
【1990年代~現在】
マイクロガスライト(カプセル)を始めて使用して時計を製造した米国のストッカー&イエールは一時期圧倒的なシェアを誇ったが、2000年にはそのブランドである“トレーサー(TRASER)”を、マイクロガスライト(カプセル)の開発元であるスイスのMBマイクロテック社に譲渡した。
“トレーサー”には、King of Military Watchの称号を持つタイプ6ナビゲーターなどがある。
1990年代以降は、デジタル表示タイプなどの民生用を使用する兵士が増加し、MILスペック適合外の腕時計も多く使用されるに至っている。最近、多く観られるスントの“ヴェクター”も制式品(MILスペック適合品)ではないようだ。
カシオの“Gショック”などの、耐久性が高くて正確、それに加えコストが極めて安価であるデジタル時計も普及した。もともとは民生品であったが、MIL-46734Fという規格に合格してGXW56 、GX56が制式採用された。
しかし、MILスペック適合のものでも多くの兵士に支持されている軍用腕時計もあり、1994年にネービー・シールズに制式採用された“ルミネックス”や、文字盤搭載のLEDが強力な光源としても使用可能で、更に緊急時にはこのLEDストロボライト機能でモルース信号の送付が出来る“MTM”などが、その代表例だろう。
また米軍以外では、2004年に英国の(世界最強の特殊部隊)S.A.S.が採用した“ナイト(NITE)”が有名だ。
また、ロシアにはパイロットウォッチで有名な“アビアートル(AVIATOR)”があり、我が日本には“ケンテックス(KENTEX)”がある。
カシオのGショックはネイビー・シールズに愛用され、その後、米軍全体に広まったと言われている。堅牢、そして視認性も高い。防水性もあり、当初はMILスペック適合外だったにも関わらず大変な人気だった様だが、その最大の理由は安価であった事だ。いつの世も、兵士の給料は安い、という事だネ。
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