筆者個人の感想としては、女性向けの漫画でも原作者が女性でもイイんです、結果が面白くて納得出来れば。でも、得てして男性読者の目線で評価すると、なよなよした女々しい主人公の考え方や行動にイライラすることが多いんです。しかし主人公の精神的な弱さについては、それを前提にした作品創りであり、筆者がとやかく注文をつけるものではないでしょう。でも正直なところは男としては、「薫、もうちょっとハッキリしろよ」と言いたくなるのですが・・・。敢えて女子に忠告すると、現実世界にはこんなに美少年で、お勉強が出来てピアノが巧くて、それでいて、いつもくよくよしている男子なんていませんからネ(笑)。
また、原作漫画とアニメとの違いに漫画ファンが戸惑うことも多いのですが、アニメの出来は原作を忠実に再現することばかりではありません。アニメだけを観たファンも多数いる訳で、放映回数など尺の制約がある中で、アニメ作品としての完成度を如何に高めるか、という問題でしょう。
(ここから一部ネタバレ注意)結論から言うと、アニメ『坂道のアポロン』は上々の出来だったのではないでしょうか。やはり最終回で大幅に途中のストーリーを割愛せざる得なかったことは大きなマイナス点ではありますが、それも何とか頑張ってギリギリの線でまとめたと感じました。最終回後のアニメ・ファンの声を拾うと、「疑問や不明点については、原作を読めということですね(笑)」と皮肉ではなく素直な感想が多かったようです。
中盤以降から、ところどころに登場人物の考えや行動に辻褄が合わないというか、大きな飛躍が観られるのですが、たしかに原作ではその心情的な、もしくは物理的な理由の説明が最大限に為されています。
それは、千太郎の出自や子供時代の事が漫画ではより詳しく語られていたり、また大学進学後の薫と律子の関係や薫の大学生活、再会後の母親とのエピソード、百合香と淳一のその後、そして薫が千太郎を探し出す顛末を描いています。
最後のエピソードは、千太郎の妹の幸子(さちこ)の結婚式での薫と律子との再会といったところですが、アニメではほとんどが省略されています。
一方、アニメ版ではやや唐突ですが、(いきなり8年後、医師となった薫が百合香からの情報提供で)離島の教会で神父見習いをしていた千太郎を探し出しオルガンとドラムでセッションをした後、物語の最後の最後に、薫と律子、そして千太郎の三人が会するところで、幸せ感を目一杯盛り上げながらの大団円となっています。これで律子が姿を現さないと、薫と千太郎の男二人の妙な関係が強調されて微妙な雰囲気のエンデイングとなったでしょうね。ただでさえ、この漫画はボーイズ・ラブの物語である、との評価が多かったのですから(笑)。
律子/りっちゃんの長崎・佐世保地区の方言(佐世保弁)が、柔和で可愛かったです。筆者の遠いルーツも九州なんですが、知人の女性の方々はもっと猛々しい感じがしますからね・・・(汗)。
それから見当違いであれば甘んじて批判を受けますが、この原作漫画の筋立てやテイストは、(少し古いですが)武者小路実篤や石坂洋次郎などの小説と同じような印象や世界観を感じさせ、その趣は誠実で優しい人々の友情と愛情の行き違いと再生の顛末を描いた文芸作品そのものです。
その為、漫画としても充分に良作ですが、実写ドラマ、もしくは映画化されても配役や演出次第では大変な佳作になる様な気がしますが、読者の皆さんは如何お考えでしょうか・・・。
-終-
【追加情報】
・アニメ版では、律子の「方言講座」が人気だった。
→公式サイト「スペシャル・ページ」で現在も視聴可能
・石坂洋次郎の代表作には『陽のあたる坂道』があり、筆者は『坂道のアポロン』との類似性を感じる。
・原作者は佐世保出身(既述)で、祖父が本当にレコード屋さんをやっていたらしい。
・薫の大学は、慶應義塾大学医学部である。まさしくエリート。また律子は地元の長崎大学へ進学したと推測されている。
・『坂道のアポロン BONUS TRACK』によると、百合香と淳一の東京駆け落ち後の様子、千太郎がとある離島で海に溺れていたのを助かるも記憶喪失になる話、島の子供(少女)にドラムを教える逸話、律子の父親でありベーシストの迎勉(むかえ つとむ)の戦争時代の青春物語など、色々なサイド・ストーリーが描かれている。最後には、薫は淳一と久しぶりに再会し可愛い双子の写真を見せられる。そして薫は律子と結婚して、律子も丁度お目出度の様子である!! つまり 結局、すべてがハッピー・エンドとなっている。
・千太郎の飼っているハトの名前がサラ・ヴォーンで、有名な黒人女性ジャズ歌手と同じ。千太郎が失踪する直前にそのハトを放つが、しかし最終回の最後の方で、空に何故かハトが羽ばたいている場面があり、印象的である。
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